第204話 大勇士


「ちょいちょい、ラルフ。何度もいうけど手加減して開けろってば……ああもう、また蝶番がぶち折れて……」


「はは、ワリワリ。これでも結構頑張ったほうなんだけどなあ」


 ドアを開けた、というよりぶち破る粗相をしたにも拘わらず、ラルフと呼ばれた男は悪びれる様子一つ見せずカラカラと笑っている。


 豪快な行動と言動のわりに、体のほうは意外にも細身である。だが、さらされた上半身からちらりと除く肉体は、不純なものなど一つも含まれていないと思われるほどに引き締まっている。


 まさしく戦士に相応しい肉体だった。


 隆也も内心、少し憧れている。


「さっそくのとこワリいんだが‥‥…っと、自己紹介が先だよな。……俺はラルフ。しがない冒険者で、この雷雲船の用心棒をさせてもらってる剣士だ」


「なにが用心棒よ、なーにが。単なるただ飯ぐらいの居候のくせして。あ、扉は自分で直しときなさいね」


「わかってるよ、リフィ。後でな」


 そう言って、ドアを入口脇に置いてから、ラルフは隆也の前に立つ。身長差はそれほどないはずなのに、なぜだか圧倒されてしまう。


「そんな怖がるなって、ほら握手握手、友好の証だっ」


「あ、はい……よろしく」


 出された右手に応じて、隆也はラルフと軽い握手を交わした。


 先ほどドアを破壊した時の残像が隆也を不安にさせたものの、こちらの力加減は大丈夫らしく、少し手が痛かったものの、しっかりとした普通の握手だった。


 ちなみにラルフが破壊したドアの蝶番は、鑑定技能で見たところ、アダマンタインと呼ばれるこの世界で最も硬いとされるものだった。


「ラルフさん……さっきシオリって言ってましたけど、もしかして」


「ん? ああ、シオリは俺たちの仲間だよ。なったのは最近だけどな。あ、今は仲間たちと別行動だから、ここにはいないぜ」


 やはり詩折だったか。だが、彼女はどうしてこの短期間で雲の賢者とその一行たちに辿りつけたのだろう。クラスにいた時のイメージとかけ離れて、随分と活動的である。


「ところでさ、これ見てほしいんだけど……タカヤさ、これなんとかできるか?」


「ん?」


 と、ここでラルフが腰に佩いていた剣を渡してきた。


 サイズ的には普通の長剣。だが、異常なまでに重い。抜いてみると、ほのかに黄金の輝きを放つ刀身が現れた。


「すごい……いや、すごいという表現が陳腐に思えるほどの業物だな」


 隆也の背中ごしに覗き込んだアカネが言う。


 隆也も、これまで数多くの武具を見てきたが、その中でも一、二を争うほどの切れ味、そしておそらくは頑丈さを備えているモノであることは間違いない。


「セパルテューレ、って俺が普段使ってる剣の一つなんだけどよ……なんか微妙に使い心地が良くないっつうか……斬れ味は、そこまで変わんねえとは思ってんだけど」


「ちょっと見てみますね」


 少し集中して、隆也は刀身に触れた。


「複数の希少金属と魔石が合成された鋼か……アダマンタインが三割ぐらい、ミスリオ鋼、それに黄天空石スカイイエローと、龍魔石がそれぞれ均等にって感じかな」


「すげえな、ぱっと見でそこまでわかんのか?」


「まあ、一応仕事でもやってますし」


 素材に関する勉強についても、王都から膨大な資料を取り寄せたおかげで、隆也の頭には、武具として使うための素材の種類や、その錬金法などが叩き込まれている。


 適切な環境と適切な道具があれば、大抵のものは製作可能だ。


「私には特に異常はないように見えるが……タカヤ、お前はどう思う?」


「普通に振るうぶんには全然問題ないと思いますけど……ん?」


 時間が経ち、ようやく元の感覚を取り戻した指先に、わずかにざらつくものがあった。


 肉眼で見る限りは、美しい刀身そのままである。おろしたての新品のような鏡面仕上げになった黄金色にくっきりと隆也とアカネ、それから他の皆の様子が映し出されている。


「……微妙に傷が入ってますね。刀身と、それから刃先に少しだけ」


 その場の全員が『そうかな?』と首を傾げている。持ち主のラルフですら。


 それだけ、隆也がさらなる成長を遂げている証だった。


「やっぱり俺の感覚に間違いはなかったか……タカヤ、どうすればいい?」


「そのままでもいいと思いますよ。このぐらいなら戦闘に影響が出るレベルではないですし」


 研ぎなおす必要もない。というか、この程度で一々修復が必要なほど、この剣はヤワでない。美術品ではないのだから。


「わかった。でも、もし何かあった時の修理はお前に頼みたいんだが、いいか? 仲間にはそこまでのレベルの奴はいないんだ」


 こういった高レベルの素質が要求される武器の製作・修理は、基本的にシーラットでは受け付けていない。目の前のセパルテューレしかり、魔王であるティルチナ専用である変幻七在しかり、振るうもの次第でそれは武器、というより兵器になってしまう。


 ただ、ここでラルフを隆也のお得意様にしておく利点は十分にある。


 雲の賢者と行動を共にする冒険者……詩折のこともあるし、彼から詳しい話を聞いておきたいというのもある。


「ラルフさん……ちなみにですけど、あなたのレベルは?」


「? 俺か? 剣とか体術とかでいえばレベルⅨだよ。そのせいで仲間らと含めて【大勇士】なんて呼ばれてな……むず痒いんだけどよ」


「なんと……」


 まさかここで六賢者以外でレベルⅨの冒険者と出くわすとは……もしかしたら、とは思ったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る