第193話 変幻七在


「コウヤ、今のあなたじゃ邪魔にしかならないから、ちょっとタカヤ君のとこ行ってて」


「え~、なんだよ相変わらずチナちゃんは手厳しいな。小っちゃい時は、いっつも俺がそばにいないと寝付けないくせにさ」


「そういうおしゃべりは後でしてあげるから。いいから、行く。ほらっ――」


「え、うおっ――」


 そう言って、ティルチナは片手で光哉の首根っこを掴んで、乱暴に放り投げる。


 もちろん、光哉とのやり取りの間も、彼女の白銀色の大鎌は微動だにしていない。『七番目』が手加減をしているとも思えないから、やはりとんでもない力を有していることには違いない。


「――ぐぇっ、よう、隆也。調子はどうだ?」


「ぼちぼちってとこ。それより、あの人って絶対ティルチナさんだよね? 初めて会ったときと随分成長しているけど……どういうこと?」


「まあ、説明しないわけにはいかねえよな。おい、ムムルゥ」


「? はいっス」


 ムムルゥを呼んで何事か耳打ちすると、ムムルゥが隆也と光哉のまわりに薄い霧の障壁をかける。小声程度なら、三人以外に話を聞かれることはないはずだ。


「あそこにいる超絶美人……あれが、チナちゃん……いや、魔王ティルチナの本来の姿だ」


「じゃあ、あの時の幼女状態は……」


「これまでの魔界のゴタゴタで力を使いすぎた反動でああなってるだけだ。時間が経てば……つっても何年かかるわかんねえけど、一応、元には戻る……まあ、今回のでまた台無しになっちまうんだろうけど」


 魔界で幼女状態の彼女と言葉を交わしてからそう時間は経っていないから、もし、無理矢理元の姿に戻っているのだとしたら、


「どれくらい維持できると思う?」


「手加減やら余計な同情がてんこもりだったとはいえ、チナちゃんと同じ能力の俺がこんな感じだから……全力ならもって数分ってとこだと思う」


 であれば、数分後、元に戻った時点でアウトだ。


 隆也はもう一度ラヴィオラの様子を見る。心のよりどころであった星剣を失い、そして従者であり幼いころからの親友であろうセプテすら失おうとしている彼女の顔は、すでに憔悴しきっている。


「もう迷ってちゃダメか……」


 ここはもう、彼女を信じるしかない。


「ティルチナさん! 何も考えず、全力で叩き潰してくださいっ!」


「っ……!?」


 下された隆也の決断にラヴィオラの体がびくり、と震える。


 この世界を自分のものにするという身勝手極まりない目的のため、生まれてからずっと『七番目』に利用されていた被害者でもある彼女たち。


 だが、その一方で、彼女たちも『七番目』による恩恵を享受してきた。


 星剣の素材ともなった鉱石資源の独占により得た、長期間に及ぶ莫大な利益。


 代償を払う時が、ただ来てしまったにすぎないのかもしれない。


 彼女たち、そして、悪意によって差し伸べられた手を、その裏にある思惑など何も考えず『自分たちは選ばれた存在だ』などと言って、今も王都の城で踏んぞり帰っているであろう一族へ。


「心配しないで、タカヤ君。……もとからそのつもりだから」


 ティルチナが隆也へ穏やかに微笑みかける。


 超絶美人、だと光哉はティルチナのことを評していたが……それは、隆也も同意見だった。


【ぬ、ぐッ……! だガ、どんな武器ヲ持ち出してきタところデっ、我の体に傷一つ――】


「そう? なら――」


 直後、『七番目』の星剣の左腕を力で弾き飛ばしたティルチナが、大きく鎌を肩に担ぐような形で振りかぶった。


 と、同時に彼女の鎌が、白銀の光をまとって、その姿を変えていく。


「――そおおれッッ!!」


 それは、巨大なハンマーだった。


【おゴッ……!?】


 地鳴りのような轟音とともに、『七番目』の全身は、ティルチナの振り下ろした一振りにより地面にたたきつけられた。


 傷はつけられずとも、衝撃を伝えることは十分にできる。外側を覆っているものがいくら硬かろうが、中身はおそらくか弱い少女のままだ。中を破壊してしまえば、これまでのように自在に動かすことはできないだろう。


 そして、それを実現せしめたのは、光哉、もとい魔王専用であるという武器。


変幻七在へんげんしちざい――持ち主のイメージによって剣、槍、鎌、斧、短剣、弓、ハンマーの七つに変化する特別品だ。オレが名付けた」


「可変型の武器……そんなものも作れるんだ」


「ああ。あの中にどんなからくりがあるのかは、もうわからねえが」


 様々な戦闘スタイルを完全再現する光哉には最も適した武器といえるだろう。


 ぜひ仕組みを知りたいところだが、わからない、と言っているあたり、作成者はすでに亡くなったのだろう。魔槍のように、レシピが残っていればよかったのだが。


「もう、いち、どおっ――!」


【がッ……!】


 硬直し起き上がれない間に、ティルチナはさらに力を込め、一撃、さらに一撃と続けざまに攻撃を繰り出した。


 変幻七在が地面へと叩きつけられる度、大地に刻まれるヒビがその大きさを増していく。


【う、ぐ……この、舐め、るなぁッ!】


「――無駄っ!」


 苦し紛れに『七番目』の口から吹き出された礫だったが、武器を二振りの短剣へ瞬時に変化させたティルチナはいとも簡単にそれを弾き飛ばたのだった。


「はい、これでおしまい」


【この、コのこノこのッ……小癪な生物どもめえッ……!】


「いくら吠えたところで結果は変わらないし、覆せない。諦めなさい」


 圧倒的、としか言いようがなかった。

 

 これが、魔界の頂点に君臨する魔王の実力の一端。


 だが、その差を見せつけられ、今もなお身動きひとつとれない『七番目』の左目は、いまだ禍々しく七色にぎらつかせているのである。


【く、クくッ……】


「……なにがおかしいの?」


【いや、完全ではないとはいえ、まさか我をココまで追い詰めるトは……ほメてやろう……だがなッ!】


 その瞬間、『七番目』の体から黒い瘴気のようなものが勢いよく噴出した。


 だが、あれは決して瘴気ではない。瘴気はほぼ魔界にしか存在せず、体内に蓄積されることはほぼない。


 ということは、あの黒い靄の正体は。


「魔力のみ肉体から切り離した……? まさか、そんなことが」


【カかッ……あれだけの魔族を喰らえばよもやとも思ったが、うまくいっタな】


 魔力の流れ自体を視れても、それを触ることは光哉やティルチナでも不可能だ。


 魔法をぶつけて消し飛ばそうにも、魔力は『魔法』や『呪い』といった現象が起きる前段階の無害なエネルギーでしかなく、触れられないのだ。


【私にはまだ半身が残っているッ……王都の壁の中で厳重に守られている我が半身ッ……あれに乗り移れさえすればッ……】


「やべえ、あの虫ヤロウ、このまま逃げるつもりかよ――!」


 まずい。このまま『七番目』に逃げられてしまえば、ティルチナという最強のカードを切った今、もはやなすすべがなくなってしまう。


 ティルチナはもとの幼女に戻り、そして、光哉の回復を待つには時間がかかりすぎる。


 まさか、こんな形で幕切れになってしまうのか――。


「――ほう? 貴様の言う、その半身とやら……まさか【これ】のことではないか?」


【ッ……!? き、きさま……それ、は……だが、なぜ】


 だが、しかし。


 その王都にあったはずの『半身』である球体をその手に持つ少女の登場で、空気は一変する。


「っ……! やっと、やっと来てくれたっ!」


「手間取ってすまなかったな、タカヤ。だが、もう大丈夫だ」


 黒く長い髪をなびかせ、ふわりと隆也の前に降りたった鬼の少女が、声高く宣言する。


「森の賢者の元弟子にして、ナガミタカヤの助手――ツバキバル=アカネ、ただいま推参」


 ここからが、待ちに待った隆也たちの仕事だ。

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