第184話 核


 クレーターの中心に鎮座しているその石は、隆也がそれまで想像していたようなものとは少しだけ違っていた。星剣セブンスフォールの輝きと同じように、当初は、太陽の光を浴びて虹のように激しく煌めいているのかと想定していた。


「黒い……いや、」


 近づいて、目を凝らしてみると、光を全て飲み込もうかという闇色の中に、いくつもの小さな、光る砂粒のような点が浮かんでいる。


 その砂粒を星とするなら、この石そのものが夜空――いや、宇宙のようなものに見える。


「意外かもしれないが、これこそが『核』の本当の姿だ。私の持っている星剣などは、この核から定期的に剥がれ落ちる欠片を集め加工し、そして今のこの姿となっている。剥がれ落ちると、このように虹に発色するわけだ。なぜそうなるのかは、今もわからずじまいだが」

 

「剥がれ落ちている……数千年以上も前からずっと、ですか?」


「そうなる。剥がれ落ちるたび小さくなって、最後には消滅しそうなものだがな。しかし、実際はそうならず、むしろ少しずつ大きくなっているらしい。セプテ、それで間違いないな?」


「はい。最近は特にその傾向が強いようです。今見た様子だと、先月よりさらに大きくなっているのではないかと……さあ、姫様、剣の修復を」


「ああ、頼む」


 ラヴィオラがセプテに星剣を手渡すと、受け取ったセプテは、剣の切っ先を『核』のほう向け、そのまま突き刺してしまったのである。


「! あの、何を……」


「少し黙っていてください。……気が散ります」


 そうしてセプテが何事かを呟いた瞬間、核に突き刺した星剣の刀身に変化が訪れる。


「綺麗……」


 隆也の傍らに立つフェイリアが、思わずそう声を漏らした。


 核の内部から力を分け与えてもらっているのだろうか。先の任務で力を使って、輝きが弱まっていた星剣が、徐々に本来の、いや、それ以上の輝きを取り戻していく。


 眩いばかりの白光に交じって飛び交う七色、いや、それ以上の光の粒が覆いつくすその光景は、隆也を含めた全員を見惚れさせるには十分なものだった。


「……終わりました」


「ありがとう……うん、いつもの星剣だ」


 修復を終えて、ラヴィオラは満足そうに剣を鞘の中におさめる。これで、再び魔族を屠るための準備が整ったわけだ。


 魔族にとってこれほど厄介で、そして、ラヴィオラにとってこれほど頼もしい武器はないだろう。


 だが、彼女たちはまだ気づいていない。


 このままいけば、彼女たちは、大きすぎる対価を支払わなければならないことを。


 彼らは、この都市を統べている一族は知っているのだろうか。『七番目』の落下による災害から、なぜ無傷で生還することが出来たのか。


 なぜ、自分たちにだけ降ってわいたような幸運を享受できたのか、と。

 

 ラヴィオラはともかく、彼らの一族たちは、『自分たちは選ばれた存在』であると嘯いているという。だが、ゲッカや隆也からすれば、それはまったくの見当違いだと言わざるを得ない。


 確かに、彼らは『七番目』によって選ばれてはいる。欠片の寄せ集めでも強力すぎる素材を独占し、それによってここまでの国を作り上げた。


 だが、それはあくまで『七番目』が、自分の目的を果たすために必要なだけ。


 彼らはただ、いいように利用されているだけでしかない。


「……ラヴィオラ様、もう充分です。ありがとうございました」


「いいのか? 見るだけだったら、もう少し近づいてもらっても構わないが」


「はい。いいモノも見させてもらいましたし。そうですよね、社長?」


「ん? ああ、副社長コレのかわいいところも久々に見れて今夜は久々に……いっだだだだ?!」


 ルドラの翌朝のお尻のことはともかくとして、こちらとしては、特にこれ以上の用事はない。

 

 念のための確認は、今しがた終わったのだから。


 ×


「――それで副社長……どうでした?」


 壁のところでラヴィオラたちと別れ、誰もついてこないことを確認してから、ようやく隆也は口を開く。道はすでに多くの人でごった返しているから、多少大きな声で喋っても問題ないはずだ。


「ん、私もお前の推察通りだと思う。言われた通り、この目でしっかり集中して観察してみたが――って、タカヤ、お前の影の形……」


「え? ああ、これは大丈夫です。だって――」


「――ご主人様っ、ただいま戻ったっス~!」


 足元から伸びる隆也の影がぐねぐねとうごめいたかと思うと、次の瞬間、そこからメイド服姿のムムルゥが飛び出し、そのまま隆也めがけて勢いよく抱き着いてきた。


 指定した人間の影のある場所に転移する闇魔法。人込みがある中だったので良かったが、これがベイロードなら悪目立ちしてしょうがない。


 とりあえず、強引にキスしてくるのだけは阻止しておいた。


「お帰り、ムムルゥ。で、返事は?」


「もちろん、ここに」


 これで貸し一つ、と書かれた手紙を受け取り、中身を見る。あの賭けの時、と察してはいたが、相変わらず無茶をするヒトだ。


「あっちのほうは準備万端か……そうなると、」


 あとは主役を待つばかりだが、その『彼女』からの連絡が何もないことだけ、少しばかり気がかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る