第164話 アカネと両親
フジとミチヒが教えてくれた通りの道を行くと、やがて、小さな平屋建ての家が見えてきた。
集落から離れた松林の中にあるが、集落の建物に較べて、若干新しい。まだ『加工』されて数年というところか――別に知らなくてもいい情報だが、無意識に【鑑定】の技能を発動させてしまう。もう職業病みたいなものだ。
「……あれ? あの二人は……」
アカネがいるという建物に近付いたところで、玄関の前に、大柄な青年が立っていた。青がかった肌の鬼の末裔、確か、ソウジといったか。
「! タカヤ殿、なぜここを?」
「いえ……ここに行けば、アカネさんに会えると聞いて」
「お嬢様は用事で外に出られている。ここにはおりません」
「じゃあ、帰ってくるまで待たせてもらっていいですか?」
「……アカネ様には、タカヤ殿が来ても追い返してほしいと言われておりますが」
その返答に、隆也は小さくため息をついた。相変わらずな人だ。
もしかしたら、そのことを察知してどこかに逃げてしまったのかもしれない。
だが、『相変わらずさ』では、隆也だって負けていない。
「では、俺も追い返されません。アカネさんと話ができるまで、ここで待たせていただきます」
そう言って、隆也はその場にどっかと座り込んだ。以前の極寒の環境では自殺行為そのものだが、その原因となったゲッカが、隆也の手の中でおとなしくなっている以上、その心配もない。
「なんてわがままな……アカネ様の命令です、もし、聞き入れないのであれば強引にでも――」
と、ソウジが一歩前に出た瞬間、隆也の持っていた刀が、キン、という音ともに煌めいた。
瞬間、隆也を中心にして、放射状に冷気が走り抜けた。
「……この人に明確な敵意はないよ。ゲッカ、落ち着いて」
【かしこまりました】
声とともに、冷気によって凍り付いた地面が、ふっと元に戻る。現在、ゲッカは隆也が作成した鞘の中に納まっているが、ほんのわずかな危険でも、こうして周囲の熱を吸い取って、凍りつかせてしまう。
同時に、ソウジの動きを止めていた氷も、あっという間に溶けて水になった。
「それが魔力を吸い取る氷の魔剣『月花一輪』……すさまじい力だ」
「今は、ゲッカです。あと、その名前、今後は口にしないほうがいいですよ」
ちなみに、この冷気の力を、主である隆也へ影響を受けない。そうならないよう、ゲッカがコントロールしてくれているのだ。
主人に絶対の忠誠を誓い、それ以外には尻尾を振ることもない――剣というより、まるで犬だった。
「そんなわけですから、もう諦めてください。迎えはもうじき来ますが、アカネさんに会って話をするまでは、絶対この島から出ていってやりませんから」
「む、むう……し、しかし」
どうすることもできなくなったソウジが困惑した表情を浮かべている。
隆也一人追い返すのならわけないが、今は、その隆也を守っているのは、シマズの人々にとっての天敵ともいえる月花一輪である。
先ほどの脅かしもしっかり効いているので、文字通り手を出せない状況のなか、
「――ソウジ、その方を中にご案内しなさい」
と、扉の向こうから、アカネによく似た声が二人のもとに届いた。
「奥様、本当によろしいのですか?」
「ええ、夫も、構わないと言っていますから」
「……わかりました。お二人がそうおっしゃるのなら」
女性の声に従ったソウジが、隆也へ頭を下げて、玄関の引き戸を開けた。どうやら家主から直々に許可が下りたらしい。
「……どうぞ、タカヤさん。狭いところでごめんなさいしたいところですけど」
「いえ……それでは、お言葉に甘えて」
ソウジに先ほどのゲッカの非礼を詫びた後、隆也は家の中へと足を踏み入れた。
八畳ぐらいの間取りの部屋の中央に敷かれた、二つの布団。その上に、一組の夫婦と思しき二人が座っている。
夫のほうは両脚とも膝から先がなく、妻のほうは両腕とも、肘から先がない。痛々しい姿のはずだが、どちらとも、隆也の姿を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
「あなたがタカヤさんね。アカネから聞いてはいたけれど、角以外は、私たちと本当にそっくりの見た目ね」
「はい、えっと……」
「あ、ごめんなさい。私はツバキバル・ユリ。娘が、アカネがいつもお世話になっています」
一目見て、面影から何となく察していたが、この人がアカネの母親のようだ。血の気が引いているのか、普段のアカネよりもだいぶ肌が白い。
「で、隣にいるのが、私の夫のロクロウです。ちょっと事故で喉がつぶれちゃってるから、私が代わりにお話しするけど」
父親のほうも、大柄だが、とても大人しそうな印象を与える。この優しそうな二人から、アカネは産まれたのだ。
「あらあら、アカネの話よりもよっぽど男前ね。とっても強くて、でも、とっても優しい目……ね、お父さん。私の言った通りだったでしょう?」
アカネ母のユリの言葉に、アカネ父のロクロウが頷く。アカネが二人にどんな話をしていたかは知らないが、どうやらいい印象は与えることができたらしい。
「お母さん……いえ、族長のフジからも話は聞きました。ここから見える、初めての太陽の光。私たち一族を救ってくれた恩人が……あなただと」
そう言って、ユリは隆也へ深々と頭を下げようとする。
「あの……そんな無理しなくてもいいですから」
「いいえ、させてください。今の私たちには、それぐらいしかすることができませんから」
「で、でも……」
「お父さま、お母さま!」
と、ユリとロクロウが隆也の制止も聞かず額を床につけようとしたところで、息を切らして戻ってきたアカネが二人の体を支える。
「二人ともそんな無理しないで……ほら、この子だって困った顔を……」
「何を言っているの? タカヤさんに、本当にお礼を言わなければならないのは、アカネ、あなたなのよ?」
「っ、そ、それは……」
母であるユリの言葉に、アカネは両親の服をぎゅっと握りしめた。俯き、隆也のほうに視線を合わせようとしない。
「まったく、いつまでもしょうがない娘ね……」
そんな娘の頭をロクロウとユリがやさしく撫でると、やがて、ユリのほうが先に口を開いた。
「タカヤさん、その手に持っている刀は……」
「ええ、『元』月花一輪……シマズに流れていた魔力を吸い取って、お二人がそうなった原因を作った張本人です」
「! タカヤ、お前……!」
「……はい。さっきからずっと、ゲッカのほうから『二人から殺意を感じる』と言われていましたから。多分、そうかなと」
「……まあ、こんななりをしてれば、何となくは察せてしまえますよね」
一呼吸おいて、ユリが続ける。
「でも、ちょっと違います。私たちがこうなったのは、私たちのせいです。そのせいで私たちの大事な娘を、こんなふうにしてしまった」
「お母さま、それは……!」
「ダメよ。アカネ、何度も言うけど、この人にだけはちゃんと真実を伝えなければいけない」
そうして、ユリは、数年前に起こした自分たちの失敗について話始めたのだった。
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