第165話 親子の失敗


 × × ×


 よりいっそう勢いを増す吹雪が屋敷の雨戸を叩きつける夜、ツバキバル=アカネは、祖母であるフジが『今日のおつとめ』を終えて寝静まったところで、一人こっそりと屋敷を抜け出していた。


 初めは冷たくて痛くてしょうがなかった祠への道も、今はもう何も感じない。厳しくも優しくアカネを鍛え上げてくれた両親のおかげだ。


「私がやるんだ……お父さんもお母さんも言ってた。『才能』のある私が、皆を救えるんだって」


 足音をなるべく立てずに雪の上を疾走しながら、アカネは、突き刺してくるような冷たい空気を、すう、と一息吸い込んだ。


「思い浮かべるのは、炎。いきなり私たちのところに落ちてきて、一族の最後の希望を凍り付かせるモノになんか負けない、尽きることなく燃え上がる炎――」


 祖母から、両親から、集落の皆からずっと聞かされてきた。


 ご先祖様が元いたという世界のこと。そこから追い出されて最後に行きついたこの世界のこと。


 嘘か誠か、幼いアカネには判断できかねる言い伝え。はるか昔の話。


 アカネは憤った。自分たちはなにもしていないのに、どうしてそこまでひどいことをされなければならないのか。なぜ今も奪われつづけなければならないのかと。


 そう思った瞬間、彼女の類まれな才能は開花していた。


 額から伸びる、集落の誰よりも長く、まっすぐに伸びる紅い角を見て、両親は言った。


 ご先祖様の再来だ、と。


 アカネの両親であるロクロウとユリは、屋敷に残っている。このことに気づけば、フジは全力でアカネを止めにくるだろう。そうならないための保険だった。


「待っててね皆……私の炎で、救ってみせるから」


 心を鼓舞するように、アカネは角にともる炎をいっそう燃え上がらせた。


 大丈夫。両親が考えてくれた作戦通りに自分はやればいい。そのために、両親は必死に駆けずり回って情報を集めた。色々な人に懇願し、頭を下げた。


 失敗できない、ではない。絶対に成功させてみせる――そう決意して、アカネは最初の『壁』の前へ立った。


「――どうした、巫女の娘。今日はもう済んだはずだが?」


「お祖母様からは、そうかもね。でも、まだほかの皆からの用事は、終わってないんだよ」


「ほう?」


 直後、祠を守護する銀狼が纏う雰囲気が変わる。主人に害をなす異物を排除するための殺意が、金色の瞳に宿る。


 同時に、アカネも、今できるだけの全力の炎を体中から噴出させた。


 降り積もる雪が水となり、蒸発し、いつ振りかの土の地面が現れる。


「――返してもらうよ、私たちのシマズを」


「それはまだ、できない相談というものだ。鬼の娘」


「出ていけ、月花一輪っ……!!」


 そうして、尋常でなく燃え上がった炎と研ぎ澄まされた氷の狼がぶつかり、島中を衝撃で揺らす中、


「……作戦通り第一関門は突破、と」


 降り積もる雪の中から、こっそりと顔を出したが、月花一輪の本体が祭られている場所へとかけていったのだった。


 × × ×


「炎で作った蜃気楼まぼろし……そんなことも、アカネさんはできたんですね」

 

 ユリが一息ついたのを見計らって、隆也は、二人のアカネのからくりについて訊いた。


「ええ。多少部分もありましたけど、それでも才能は誰よりも一番でした。それこそ、私たち両親が夢を見てしまうほどには」


 頷いて、ユリは作戦について話してくれた。


 守護する銀狼に幻を見せて惑わし、時間を稼いでいるうちに本体を叩いてしまおう――あの銀狼が月花一輪の一部であることは彼らは知っていた。もちろん、その実力も。


 まともにぶつかっては勝てない、と彼らは判断したのだろう。神狼族のミケと、創造者として目覚めつつあった隆也が知恵と才能を振り絞ってようやく突破した壁だ。いくら才能溢れるアカネでも、隆也よりも遥かに子供だった時だ。


「……でも、それが失敗だったんですよね?」


「ああ」


 静かに隆也の手に納まっているゲッカに目を落として、アカネは頷いた。


 ユリの話の間に、ゲッカから聞かされた彼女の本当の力。それは、ただ単に魔力を吸い取るだけにとどまらなかった。


「その刀は、ありとあらゆる熱を吸い取ってしまう……そう、私たちのなけなしの『熱意』でさえも」

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