第158話 もう一匹 2


「あれは……ミケと同じ……」


 突如現れた魔獣の姿を、隆也はじっと見つめていた。


 瓜二つ、というわけではもちろんないが、見た瞬間、同じ種族であることはすぐにわかった。


 睨まれただけで、思わず全身が竦みあがるほどの恐怖。隣にミケがいなければ、あっという間に見えない圧にやられて失禁し、気絶していただろう。


 ふわりと逆立った美しい銀の体毛、金色に輝く瞳。


 明らかに、隆也の知っている神狼族のそれだった。


「……お主ら、こんな夜に一体何用だ。貴様らがこの時間に来ることは、あの鬼どもからは伝えられてはおらんが」


「くっ……」


 隆也は唇を噛んだ。ここを初めて通った際、フジが立ち止まって何かをやっていたのを思い出したからだ。


 多分、祠に行く前は、事前にこの番人に話を通しておかなければならなかったのだろう。だからこそ、四人の時は姿を現さなかった。


「……月花様の本当の姿を一度でいいから拝みたかったんです。勝手に来たことは申し訳ないと思っています。でも、本当にそれだけなんです。別に月花様を盗んで売り飛ばしてやろうとか、そんな風に考えたわけじゃない。だから……」


「嘘だな。そういう声色をしている」


「っ……」


 わかっていたことだが、やはり口先だけでどうなる相手ではないようだ。


 では、どうするか。


 決心は、もうできている。


「ミケ」


「……」


 耳をぴくりとさせて、ミケは隆也の言葉を待っている。


 ミケにとって、多分、あの銀狼は同族だと思われる。隆也と出会う前にミケがどんな生活を送っていたかはわからないし、なぜこんな場所に彼(もしくは彼女)がいるかはわからないが、おそらくは初めての同胞。


「ウゥゥゥッ……!」


 だが、彼女の腹も、すでに決まっていた。


「――よし、構わず行くよ、ミケ! 強行突破だ!」


「ガウッ――!」


 隆也の言葉を合図に、隆也とミケは、それぞれ違う方向へと駆け出した。


 ミケの標的は、正面の神狼。隆也は変わらず、月花一輪のある石の祠へ。


「五分……いや、三分でいい。とにかく今は時間を稼いで!」


 敵は、ミケよりもはるかに大型。なので、おそらくは成犬か、それに近いと判断して間違いない。


 ミケも成長はしているが、まだ子供の域はでない。実力差はある。


 だが、だからといって引き下がるわけもいかない。なら、戦うしかない。


「……愚かな」


 溜息をつくように唸った守護者が、そう言ってしっぽを一振りする。


 すると、突如、隆也とミケをすさまじい突風が襲った。


「! なんっ……!?」


「ッ……!?」


 周囲の木々が大きく揺れんばかりの風。彼らの前に立ちふさがる壁のように展開されたそれは、いとも簡単に、向かってくる隆也達を跳ね返したのだった。


「――警告する。これは一度きりだ。……すぐに立ち去れ。さもなくば、次は塵にする」

 

「…………」


 再び元の場所に戻される形となった隆也とミケが、立ちはだかる敵をじっと見据えていた。


 銀狼は、初めの位置から動いてすらいない。ただ座って、こちらを静かに見据えているだけ。戦闘態勢ですらない。


 ほんの一回の衝突だが、これまでのどの敵よりも手強いことがわかった。


 ここにエヴァーが、ムムルゥが、皆がいれば問題ないだろう。だが、今はミケと隆也の二人だけだ。アカネすらいない。


 一瞬だけ、隆也は師匠に助けを求めることを考えた。彼女が来るのは、本来七日後。だが、隆也の首から下がっている護符は、いつも通り機能している。


 彼の生命活動に異常がないかどうか、彼の師匠はおそらく常にチェックしているのだ。


 隆也の命にかかわる何かがあれば、エヴァーはすぐにでもすっ飛んでくるだろう。多分、そのほかの皆も。


 だが、これはかなりの分の悪いギャンブルだった。尻尾だけであれだけできる敵の攻撃をただの人間でしかない隆也が食らう……おそらく即死だ。死に損。それでは意味がない。


 ふう、と隆也は一つ深呼吸を入れた。


 大丈夫、うまくいく。倒してみせる。


 そのための『素材』は、に十分にある。

 

「ミケ、作戦変更だ。まずは、目の前のやつをどうにかしよう」


「……警告は、したぞ」


 警告に聞き耳を持たない一人と一匹を見て、祠の番犬が、静かに立ち上がった。


「目の前の敵を倒すことだけを、ミケは考えて。そのためのサポートは、俺がするから」


 その言葉に、ミケは小さく喉をならすのみにとどめた。視線を外した瞬間にやられることを、本能で理解しているのだろう。


「行くよ、ミケ――ちょっと冷たいかもしれないけど、ちょっとの間だけ我慢だ」


 言って、隆也は、ミケの全身にあるものを纏わせた。


「ム……」


 瞬間、それまでは気だるげだった銀狼の目が、初めて細められる。


 その金色の瞳に映し出されたのは、隆也の手によってほぼ全身を純度の高い氷の武具で固めたミケの姿だった。

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