第157話 もう一匹 1
夜になるのを待って、隆也はミケとともに行動を開始した。
「――ミケ、どう?」
「ウゥ」
すでに狼の姿に戻っているミケが軽く喉で唸った。
館内で寝泊まりをしているのは、フジとアカネの二人。
その従者である二人の青年、ソウジとキハチロウも普段も常駐はしているようだが、寝泊まりする隆也に気を遣って、アカネの判断で二人は自宅に返しているらしい。
そんなわけで、こそこそ動くには絶好のチャンスである。
「ミケ、足音はくれぐれも立てないように」
言って、隆也はミケの上にまたがり、背中にしがみついた。
目的の場所は、もちろん、月花一輪のある祠である。
裏手の出口まで隆也自身の足で歩いてもいいのだが、屋敷はところどころ老朽化が進んでいるおかげで、歩くたびに木の床が軋み、耳障りな音を立てる。それで気づかれてしまってはまずい。
アカネはおそらく魔力を限界まで吸わせていることもあって、深い眠りについているだろうが、フジがどうなるかわからない。
ミケなら、音を立てずに走り抜ける芸当など造作もない。なので、よりばれない方法を選択した。
「よし……じゃあ、行って!」
「ファフッ……!」
蝋燭にともる炎を吹き消した後、隆也とミケは、昨日案内された道順をたどり、あっという間に裏口より、夜の冷たい闇の中に飛び出した。
もともと太陽の光が届かないほどの天候だったため、肌を刺す冷気は、日中と較べてもさほど変わりない。その点だけはほんの少しだけ、安心した。
暗闇に目が慣れるまで、数分だけ、その場で待つ。
松明などを使うことも考えたが、こんな真夜中に赤い炎をゆらゆらとさせていては目立つ。道も一本道だし、今日通ったアカネの匂いも残っているとミケが言うので、そのまま行くことにした。
「魔法を斬る刀……どんな素材なのか、この目で確かめてやる」
今日の目的は、とにかく、月花一輪という刀がどういうのもなのかを、確かめるという、その一点だけである。
空(というか、おそらくは宇宙)から降り注いだとされる鉱石だが、『普段は視認すらできない』という性質からも、ダークマターや天空石といったものとは違って、この世界に一つしか存在しえないものだろう。
しかも、アカネの話から、今もなお生きながらえ、きちんとした意思も持っているという。
鉱石なのか、はたまた魔獣の類なのか。加工できるか、破壊できるか。
そして、置き換えの技能を使って、それに対抗できるような、同様のものを錬成できるかどうか。
そのために、まずは、目でじっくりと観察し、触ってみて鑑定をしなければならない。
隆也になら、それができるのだから。
と、そんなことを考えているうちに、祠の場所へと近づいてきた。すでに暗闇に目はなれてしまっていたし、視界を遮るような吹雪も、今はない。
「後ろから誰か追ってきてるわけでもなさそうだし……ここで降りようかな」
ここまで完璧な仕事をしてくれたミケの頭をわしゃわしゃと撫でてやって、隆也は雪の絨毯の上に降り立った。
件の刀は、すでに隆也の目の前にある。鑑定にそれほど時間はかからないが、彼らが屋敷から抜け出したことが、いつばれてもおかしくはない。用事はできるだけ早めに済ませ、アカネの用意してくれた暖かい寝床に戻りたいところだ。
と、隆也が、月花一輪が置かれている場所へ近づこうと一歩踏み出したとき、
「ウウウウゥゥッ……!」
牙を剥き出しにしたミケが、隆也を守るように一歩出て、全身から殺気をみなぎらせていたのだった。
「どうしたの、ミケ? 上のほう見てるみたいだけど、なにかおかしなものでも見つけ――」
ふと、隆也がミケの視線の先を追ってみると。
そこにいたのは、狼型の魔獣だった。しかも、それだけではない。
「――許可なく我らが主の領域に土足で踏み込んできたと思えば……なんとまあ、珍しい奴らが来たものよ。人間と、それに、半端ものか?」
「!? 喋った? しかも、その独特の毛並みと瞳は……」
祠の屋根部分に、ひっそりとたたずむ銀色の毛並みを持った獣の正体。
それは、今、隆也を守護してくれている神狼族のミケよりもはるかに大型の、しかし、彼女と全く同じ風貌していた狼だったのである。
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