第156話 アカネの教え
「タカヤ、ちょっといいか?」
朝食を終え、隆也とミケが客間でくつろいでいると、アカネが顔を出した。これまでの緋色の着物ではなく、部屋着なのか、割烹着のようなものに袖を通している。
「アカネ、どうしたの? あそびにきたの?」
「う~ん、本当はそうしてもいいが……それは後だな」
軽く尻尾を振って出迎えたミケの頭をひと撫でして、アカネは隆也の目の前に腰を下ろした。
「それで、どうしたんですか?」
「いや、さっきの魔力錬成の話だ。ちょっとだが、コツを教えてやろうと思ってな。私のやり方だが、きっとお前にも合うだろう」
「……確かに、そうかもしれませんね」
隆也の元の世界と、シマズの生活様式はかなり似通っていてなじみ深いので、アカネに教えをこうのは、決して間違いではない。
エヴァーはこと魔法においては天才的な素質と魔力量だが、人に物を教えるという点については割と平凡で、家事という点において保護者としては落第点だ。大事にしてくれているのはわかっているので不満はないけれど。
「タカヤ、賢者殿からはどう教えられている?」
相変わらずなアカネの物言いに隆也はすこしだけムッとする。だが、今そんなことでつっかかっても、意味はない。
「け……師匠からはとにかく『イメージ』を大切にしろ、と教えられています。魔力は常に全身を駆け巡って満たされているから、上手くやれば、手のひらと言わず、頭でも、眼でも、口でも、鼻でも足先でも、全身から魔力を迸らせることができる、と」
実際、エヴァーが魔法を使役する時は、全身から尋常でない魔力があふれ出ているという。魔法の威力を高めたり、より高難度の魔法、スキルを使役するためには、どれだけ自身の体の外に魔力を放出できるかが大事になる。
「それが普通のやり方だな。みんな、大抵はそうしている。だが、タカヤ、お前については、それを一旦捨てろ」
「えっ……あの」
そう言ってアカネが立ち上がると、そのまま隆也の背中側に回り、そして、そのまま彼のことを優しく抱きしめたのだ。
「!? えっと、ア、アカネさん……?」
「い、言うなっ……私だって、ほ、本当は恥ずかしいんだから」
ふわりと揺れた黒髪からほのかに香る甘い匂いと、背中に押し付けられる胸の感触。
普段は着物なので意識しづらいところはあるが、アカネも女性としてはしっかりとした体つきをしている。
最初に彼女と出会ったときの彼女の半裸姿が思い出され、隆也の胸が思わず高鳴った。顔が、火がついたように、かあっと熱くなる。
「ごほんっ……タカヤ、私の心臓の鼓動、背中で感じるか?」
「は、はい……」
恥ずかしい、とアカネは言っていた。彼女の胸ごしに伝わる心臓の鼓動。自分と同じ、少し早いリズムで刻む拍動。
「血液の流れを捉えるんだ。心臓が動き、それが、動脈を通って全身に行き渡り、そしてまた心臓へと戻っていく。全身が魔力に満たされているのは、この流れがあるからだ。全身を常に循環し、いつでも必要な時に取り出せるように」
「血の流れを、魔力の流れとして想像する」
「ああ」
アカネが頷いた。
「血液がどう辿って全身に行き渡るか、それを正確に把握する必要はない。心臓から送り出された血液、それに含まれる魔力が、体中の血管を通って、腕に、脚に、脳に巡っていく。それを想像すればいい。そこは皆と変わらない」
「……はい」
少しずつ呼吸を落ち着けつつ、アカネの言う通りに、隆也は、意識を徐々に自身の体内へと集中させていく。それまで感じていた姉弟子の柔らかい感触が、嘘のように消えていく。
ドクン、と脈打つ隆也の心音。そこを始点とする。
最初は、手がいいだろう。心臓に一番近いし、イメージがしやすい。
「すう……はあ……」
胸から肩を通って、腕へ。じんわりと染み込んでいくように、ゆっくりと。
そうすると、これまでに体験したことのない感覚が隆也を包んだ。
「? なんだろう、腕がやけに熱を持っているような……」
小さな飴玉を錬成した時とは明らかに違っていた。
どんな形で体外に錬成するかは想像していないので、もちろん、魔力が体外にでることはない。しかし、隆也の腕に、手に集まっている魔力は先程の比ではない。
これならもっと大きなものを錬成できるかもしれない、と感じるほどだった。
「――この一連の魔力の流れのことを、私達シマズの一族は『
「命脈……! こんなやり方も、あったんですね」
「うん……その顔だと、どうやら手ごたえはあったみたいだな。教えてよかった」
安堵したように言って、アカネは隆也から体を離した。
振り向くと、すぐさまアカネの手が、彼の頭をやさしく撫でてくる。
「――姉弟子として、私が教えられるのはここまでだ。何度も言うが、タカヤ、お前は、お前の道を行け。大丈夫、お前は出来がいい。なんだってやれるさ」
元気づけるように隆也の肩を両手でぽんと叩き、アカネは二人のいる客間を後にした。月花一輪への魔力供給は、現在、フジとアカネが交互に行っていて、限界まで魔力を吸い取らせるらしい。
「……ミケ、ちょっといい?」
「なに? ごしゅじんさま」
周りに監視の目が誰もいないことを確認させてから、隆也はミケへ今後のことを説明する。
まずは、今日の夜。彼女達が寝静まってからだ。
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