第151話 月花一輪 2
たどり着いた先で、隆也は目を疑った。
「アカネさん、ここに『月花一輪』があるんですよね?」
「ああ。確実にな」
彼女は言った。膝丈にすら届く雪の道を何とか進んだその先の祠に、シマズの住民達が『様』づけで呼ぶ謎の刀『月花一輪』があると。
しかし、隆也にはそれがどこにあるのかわからない。
いや、確かに祀られているような様子なのは、彼にだってわかる。刀があると思しき祭壇の周りにはお供え物がいくつも用意されているし、定期的に清掃もされているのだろう、埃一つない。
だが、その中央にあるべき刀がない。少なくとも、隆也にはそのようにしか見えない。
「タカヤ殿が不思議に思うのも、無理はない。月花様の姿が見れるのは、基本的に夜しかありませんからな……アカネ」
「はい。……月花様、失礼いたします」
言って、アカネは手のひらに小さな炎を発生させたかと思うと、そのまま刀があるという場所へ、それを放った。
火の魔法。着弾したと同時に圧縮していた炎が燃え広がっていくという一般的なもの。
しかし、放たれた炎が、その通りの役割を果たすことはなかった。
刀があるという場所を通り抜けた途端に、それが、いとも簡単に真っ二つにされ、次の瞬間には消滅してしまったのである。
「魔法が斬られた……?」
彼女らの言う通り、今はそこに存在していない、見えない刀が存在しているのも驚きだが、それより隆也が驚いたのは、魔法が消失してしまったほうだった。
この世界の魔法は、自身の体内を巡っているという目には見えにくい生命エネルギーを様々な現象に変換して使役していて、一般的な物理現象によるものとはほんの少し異なる。
例えば、先程アカネが発生させた炎。普通、モノが燃焼するためには空気が必要で、小さな炎や火種であれば、小さな瓶などにいれて密閉してやればいずれは消えてしまう。空気を供給すればまた燃える。
だが、魔法の炎にそれは必要ない。密閉されようがなんだろうが、仮に、炎の状態を維持できるだけのエネルギーが供給され続ける限りは、延々と燃え続けるのだ。
ただの炎を斬ることは、できるかもしれない。振った剣の風圧で吹き飛ばしたり、また、ただ消すだけであれば、普通に水を掛けるだけでもいい。
だが、エネルギーそのものを斬ることは難しい。対抗するにはこちらも同じように魔法をぶつけてかき消したり、または、それ自体を喰らったり吸収したりするような装備が必要だ。
ちなみに、隆也はそんな代物をまだ見たことはない。後学のため、魔王(代理)である光哉に頼んで魔界庫の装備を色々見せてもらったにもかかわらずだ。
つまり、目の前の『月花一輪』は、それまでに得た知識から言えば、それだけ謎に包まれた代物なのである。
「……俺にはまだ良くわかりませんけど、少なくとも、この島にはこれだけ大事にされているものがあるのはわかりました。でも、それがどうしてアカネさんを縛り付けることになるんですか?」
シマズに守り神のような存在がいて、そのご神体として『月花一輪』があり、そこに住む人々が穏やかな生活を送れるように見守っている——というのであれば理解できないでもないが、今のアカネの状況を見れば、それは神様の加護というよりは、もう、ただの呪いでしかない。
「――タカヤ殿は、この世界で遥か昔に起こった『七つの隕石』の話を覚えておられるか?」
「昔話ですか……子供の頃に聞かされた記憶はありますが、詳しくは、もう」
実際は全く知らないが、こういった方が都合が良いだろう。この世界では有名な話のようだ。
「ふむ……では、そこから話をしたほうが良さそうですな。我ら一族のことについても、タカヤ殿であれば信じていただけるやもしれぬ」
言って、フジは、隆也の黒い瞳の中を、じいっと覗き込んだ。
「タカヤ殿、あなたは――我らの先祖が、元はこの世界の人間ではない、と言ったら信じますかな?」
「え――」
フジからの一言に、隆也は、全身の肌が徐々にあわだっていくのを感じていた。
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