第120話 港街での部屋探し 2


「――で、俺に新居探しの協力をしてほしいって、ことか」


「はい。やっぱり、こういうお願いは社長にもしたほうがいいと思いまして」


 四人で朝食をとり、師匠には今日の分の食事をもたせてさっさと帰らせた後、隆也はルドラのいる社長室へ行き、助力をお願いした。


 ベイロードでの生活に慣れ始めた隆也とはいえ、まだその土地のこと全てを知っているわけではない。


「名前を貸すこと自体は、まあ、構わんがな。ここでのお前の保護者は、俺やフェイリアになるわけだし。だが、今日はただの案内だろ? それだけならメイリールあたりに頼めばよかったんじゃないのか?」


「はい。もちろん社長の前に、メイリールさんにお願いをしたんですが……」


 実は、ルドラにお願いをする前、隆也はメイリールに同じことをお願いしていたのである。何度も甘えてしまうのは隆也にとっても悪い癖だが、それでもやはり、彼にとって一番の相談相手は彼女だ。


 だが、今、隆也と行動をともにしているのは、ミケとムムルゥの二人だけ。


「その……メイリールさんには『やだ』って、若干キレ気味に断られちゃいまして……」


 ミケとムムルゥ、そして自身の計三人で生活できる部屋探しに協力してほしい、と頼んだ時のメイリールの膨れっ面を、隆也は思い出していた。


 というか、魔界から戻って以降、メイリールはずっとツンツンとした態度を隆也にとっている。


 原因はおそらく、隆也の隣、というか隙あらば彼の腕にくっついているムムルゥの存在だろう。


 ミケはともかくとして、レティ、エヴァーやアカネに、そしてムムルゥなど、今、隆也の隣には、常に女性の存在がある。当初そのポジションにおさまって色々と世話を焼いていた立場としては、面白くない感情も多分にあるのだろう。


 嫌われているわけではないが、避けられてはいる。いずれ関係の改善にもうごかなければならないだろう。隆也も、メイリールには色々と伝えたい感情はある。


「ったく、あのバカ……そんなんでいちいち不機嫌になって横から掻っ攫われてもしらんぞ……」


「……社長?」


「なんでもない、こっちの話だ。俺のほうも準備するから、ちょっと表で待ってろ。不在の間の仕事も、ロアーに任せなきゃだからな」


 ちなみに、隆也が魔界に行っていた間に、副社長代理だったはずのロアーは、いつの間にか社長代理をするぐらいまでになっていた。当初は露骨に嫌な顔をしていた彼だったが、そちらの適性もあったのだろう、ルドラが評価するぐらいには仕事をこなせているらしい。


 また新しい胃薬でも差し入れしてあげよう——今はギルドの一階で打ち合わせ中の、顔色のすぐれない彼を見て、隆也はそう思った。



 ×



 外回りを終えてギルドに戻ってきた副社長フェイリアにも事情を説明して、ルドラを加えた隆也達四人は、ひとまずルドラの顔見知りだという仲介業者のもとへと向かう。


 ベイロードは、海沿いの立地や、季節を通して温暖で住みやすいという環境面もあって、近年、他の村や都市から移住してくる人も多いという。


 そのため、こうして誰か、ルドラのような地元で付き合いの長い人間がいないと、家を買うにも、部屋を借りるにも足元を見られて高い金を吹っ掛けられることがほとんどらしい。


 需要と供給の関係は、どの世界でも変わることはない。


「――で、どの部屋にするんだ? 一応、希望の条件はあるんだろ?」


「ええ、もちろん。ですが……」


 隆也が希望するのは、とにかく自分一人の部屋が欲しいということである。人間界に頼りのないミケやムムルゥと同居するのは仕方ないとして、プライベートな空間は必要だ。もちろん、二人の分も。


 だが、そうなると、問題になってくるのはカネだ。


 現在、隆也の収入といえば、会社ギルドよりでる給料だ。この世界では、S(セルチ)という共通の通貨があり、隆也は七万セルチほどを月にもらっている。


 現在は会社に住み込んでいるので家賃関係の出費はないが、とにかく食費が多い。隆也はわりと少食だが、ミケやムムルゥは特によく食べる。それこそ、月の収入のほとんどが吹っ飛ぶほどに。


「……無理だな、これ」


 仲介業者から提示された資料を見て、隆也はがっくりと項垂れる。


 共用のリビング、台所、そして、狭くてもいいのでそれぞれの部屋。そうなると、たとえ知り合い価格でも、余裕で隆也の月収を超えてくる。


 九万、十万。とてもじゃないが足りない。給料のほうは、隆也の加入によって始めた薬や道具、武具の加工や制作の商売が軌道に乗れば上がるらしいが、それもまだ先の話である。


「お金が足りないのなら、タカヤ様、私がちょっくら稼いでくるッスけど?」


「ありがとう。でも、それは心配しなくていいから」


 ムムルゥの気持ちはもちろんうれしいが、ここは一人でなんかしたいと思う隆也である。


 ミケもムムルゥも押しかけてはきたのは変わらないが、最終的にそれを受け入れたのは隆也自身である。なので、できるだけ自分一人で二人の生活費用は出してやりたいのだ。


 後、もしムムルゥが仮におそらく働くとすれば夜の仕事になるが、それはあまりに彼女の負担が大きいのでダメだ。


「ん? これ、もしかして……」


 と、ここで、いくつかある候補にあったうち、一個だけゼロの数が少ない物件を見つけた。


 三部屋、リビング、台所、そしてその他。それがなんと一万Sである。数字を改めて確認する。間違いなく、ゼロは四つしかない。


 場所は下層区にほど近いようだが、それでもこの価格は魅力的だ。


「あ~、それは、あんまりおすすめはできんというか……」


 しかし、その資料を横から覗き込んだルドラが微妙な顔をした。


「え? でも、ここなら俺達の条件にぴったりはまりますよ?」


「いや、ここはちょっといわくつきでな……その、らしいんだ。しかも頻繁に」


「あっ……」


 いわくつき、出る。


 そこの単語二つで、隆也も色々と察した。


「どうしたの、ごしゅじんさま。おかお、あおいよ?」


「うん、ちょっと前のことを思い出して……」


 賢者の館の時もそうだったが、隆也がそういう類のものが苦手である。


 魔界庫の番をしていた亡霊ゴーストのメリーのように姿がはっきり見え、かつ完璧に意思疎通できるなら問題ない。だが、館のときのように突然『 ヲ カ エ リ 』なんてされたらたまったものではない。


 あれは、何気に隆也にとってのトラウマである。


 やっぱりここはやめよう、と、隆也がその資料を横によけようとしたところで、


(――タカヤ様、その件、ちょっと私に任せてくんないっスか?)


 と、『元』魔界四天王のムムルゥが、こっそりとそう耳打ちをしてきたのだった。

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