第119話 港街での部屋探し 1


 魔界での用事を終え、隆也はようやく自身の家とも呼べる場所に戻ってきた。


 ギルドのあるベイロードは、当たり前だが、いつものように明るい活気で満ち溢れている。港街で、血気溢れる人々が多いせいか、飛び交う言葉は時に荒っぽいこともあるけれど、隆也は、この街を気に入っている。


 住む場所があり、仲間もいて、そして海から毎日とれる新鮮な魚介はおいしい。


 仕事は忙しいが、自分の能力に合っているので辛さはさほどない。給料はお世辞にも高いとは言えないが、生活できないこともない。未だに草を食っている人も中にはいるが、それはまあ、考えないとして。


 異世界での生活は、概ね満足。


 だが、それでも解決しなければならない問題は、やはりあるわけで。


 ×


「……う~ん」


 とある日の朝、隆也は、普段から寝泊まりしている自身の工房で、目を覚ました。


 隆也、ギルドの地下室につくられたこの場所で生活をしている。二つの作業場を置くにあたり、空間自体は広めにとってもらっているので、端っこに小さなベッドを置いておけば、寝ることに問題はない。炊事場や、トイレもそう。


「ごしゅじんさま……もっとミケと……ふにゃ」


「えへへ……タカヤ様、そんなに大きいの、全部は入りきらないっスよ~……むにゃむにゃ」


「……狭いよね、やっぱり」


 隆也は、いつの間にか彼の中に潜り込んできていたミケと、それからムムルゥの気持ちよさそうな寝顔を見て、呟いた。


 現在、ギルドに住み込みで働いているのは、隆也だけではない。隆也のペット(という扱い)のミケと、それから彼専属のメイド兼護衛のムムルゥだ。


 生活に問題ない、というのはあくまで隆也一人で住むには、である。


 ミケもムムルゥも、隆也の行動が元凶とはいえ、押しかける形で彼と同居生活を送っている。


 女の子二人と、そして、痩せっぽちだけど、一応は健康体の十六歳の少年一人。ミケは魔獣で、ムムルゥは魔族(しかもおそらく年齢は少なく見積もっても数百歳)だが、それでも気にすることは気にする。


 できれば、一人になれる空間も欲しい。もちろん、彼女達の分も。


「――ふむふむ、やっぱりたまには一人になりたい時もあるよな。いつも一緒だと、溜まったモノの出しどころがないしなぁ。確かに、それは由々しき問題だな。タカヤの下半身的に」


「ええ、そうですね……っていうか」


 そして、さらにこの問題をややこしくする人物が、もう一人。


「師匠、なんでいっつも俺の部屋にいるんですか? 屋敷に自分の部屋があるでしょうに……」


「気にするな。朝飯をごちそうになるついでに、可愛い弟子の身体を暖めてやろうと思っただけだ」


「余計です。っていうか、いい加減に服を着てくださいよもう……」


 下着姿のエヴァーをなるべく見ないよう、隆也は目を逸らしつつ脱ぎ散らかされた魔法衣を師匠に投げつける。


 最近になって、ついにアカネの作るクッソマズイ飯(注:エヴァー談)に耐えかねたのか、師匠は、隆也と朝ご飯を共にし、ついでに隆也から昼と夜の弁当をせびって帰ることが日常化している。食材は持ってきてくれるので問題はないのだが、なぜか前日の深夜に訪れては、隆也のベッドで一晩をともにするのだ。


 レティが居た時は、その彼女が目を光らせていたので渋々帰ることもあったが、入れ替わりで隆也のもとに押しかけてきたムムルゥは、一回寝てしまうと朝になるまで起きない。


 そうなると、このレベルⅨ魔法使い、もうやりたい放題である。


 この仕事場は、すでにエヴァーの転移魔法の目印に設定されている。ということで、彼のプライバシーなどないようなものだ。


 そんなわけで、『四人でここで寝泊まりするのは狭すぎる問題』こそ、次に隆也の前に立ちはだかる壁となったのである。


 魔界の時と較べて落差が激しいが、それはそれ、これはこれだ。


「ああもう、仕方ない! やっぱり探すしかない!」


「んあ……? どうしたんスか、タカヤ様ぁ……ふあぁ」


「うみゅ……ごしゅじんさま、なにさがすの?」


「ミケ、ムムルゥ。今日は朝ご飯食べたら外に出るから、先に寝間着から着替えておいて」


 二人の騒がしさにようやくのそのそと起き出したミケとムムルゥへ、隆也は強い決意をもって宣言した。


「今日は予定を変更して、急遽、俺達の新しい部屋探しをすることにします!」


 隆也の新しい一日が、今、幕を開けようとしている。

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