第111話 魔剣 対 魔槍 2


 ふと、緊張で渇いている唇をペロリと舐めて、ムムルゥは次の手を考える。


 もう一度、いや、下手すればもう一度突貫するのは確定である。


 自信の持てるだけの『能力』のありったけを魔槍に込め、ブチ抜く。単純だが、結局これが一番である。


 魔剣にカテゴライズされるだけあり、さすがにデイルブリンガーも丈夫だ。その持ち手も、悔しいが実力者である。防御に徹されれば、いくらレベルⅧの魔槍といえど、折ったりすることは難しい。


 だが、今はそれでいい。そうでなければならない。


「デイルブリンガーの能力、それは……」


 眼前で揺らめく影のような黒剣を、ムムルゥはじっと見据える。


 タカヤ少年からこの情報を聞いてなければ、仮に今と同じ状況になっても、おそらく敗北していただろう。


 相手の心臓を貫き、勝利を確信した瞬間に首を刎ねられるか。はたまた、魔剣を完全に破壊した後に、で脳天から縦に真っ二つにされるか。


 重要なのは、相手の命や武器を壊すことではない。今、彼女が果たすべき役割は別にある。

 

 ライゴウを完全に倒すために、彼女にしかできない役割が。


 母親の折檻によってできた治らない痣を指なぞったムムルゥが、小さく息をつき、そして再びライゴウへと突っ込んだ。


「――無駄だと、そう、言っておろうが!!」


「そんなの、やってみなきゃっ——!!」


「むっ……」


 と、ここで、ライゴウが、自身の心臓に狙いをつけていたはずのムムルゥの手元がわずかに動いたのを察知する。


「! そう来たかっ……」


「ブチ折れろ、デイルブリンガーああああッ!!」


 彼女が狙ったのは、ライゴウではなく、彼の持っているデイルブリンガーの刀身、その根元だった。


「やはり、気づいていたか。この前、貴様らに抵抗は無駄だと思わせるために心臓をわざと貫かせたが……」


「こっちをブチ壊したら、次はアンタだ。それで、三回目!!」


 デイルブリンガーに楔のように打ち込まれた魔槍の刃先に向けて、ムムルゥがさらに力込めると、闇のように暗い魔剣の刀身にヒビが入り、そして、そのままぼきり、根本から真っ二つに——。


「――と思ったか?」


「えっ……」


 折れた、とムムルゥが確信した瞬間、彼女の視界に、一瞬でその刀身を根元から再生させたデイルブリンガーと、そして、勝ち誇ったように剣を振り下ろそうとするライゴウの姿があった。


「――予告通り、これで三回目だな」


「そんな、なんで……!!」


「むううううんッ——!」


 裂帛の気合とともに振り下ろした魔剣の一撃を、ムムルゥはとっさに構えた魔槍で受け止めた。もちろんそのままでは槍もろとも両断されてしまう。


 そのため、ムムルゥは残り『一回』を、反射的に、そこで使い果たしてしまったのだ。


 ライゴウを倒すためにとっていた、貴重な貴重な最後の一回を。


「あ、しまっ……!?」


「――ふっ、威勢のわりにはあっけない終わり、だったようだッ!」


「ゴフッ……!?」


 ライゴウの懐から逃げようと翼を動かそうとするムムルゥの鳩尾付近を、ライゴウの蹴りが襲う。周囲の肋骨が砕けるほどにめり込む蹴りに、ムムルゥの顔が歪んだ。


「う、げエッ……あ、がは、はッ……!?」


 十数メートルほども蹴とばされ、そのまま地面に落下したムムルゥは、胃の中から黄色い液体を吐き出しながら、地面を這いつくばっている。


 もちろん、三回の回数制限を使い果たした魔槍は、全体に大きなヒビ割れをいくつも起こしてその脇に転がっている。これもいずれは粉々になり、使えなくなってしまうだろう。力を失ったダークマターは、白色に変化し、武具の素材としても使えなくなる。


「圧倒的な再生と回復能力——それが、この魔剣デイルブリンガーが、使用者もたらす能力だ。実際、貴様に心臓を貫かれた時、我がなぜなんともなかったのかは、それが理由だ。それについては気付かれていたようだがな」


「うくっ……と、いうこと、は……」


「ああ、特別に教えてやろう。この能力は剣自体にも適用される。いくら欠けても折れても刀身が復活する天空石製の『聖剣』を参考にして、この魔剣は作成されたもののようだ。持ち手すら再生するという改良をも加えてな。肉体の急速再生には自身の魔力や血をかなり犠牲にするが、戦いに勝つのなら安いものだ」


 遥か昔、人間界と魔界は激しい戦争の時代があった。魔族は聖剣を、そしてヒト側は魔剣の威力を目の当たりにしている。だから、それぞれが、聖剣じみた魔剣や、または、魔剣じみた聖剣を創ることもあるだろう。


「剣を壊しても、持ち手を壊しても……」


「そう、無駄だったというわけだ。槍の性能自体は目を見張るものだったが、相性が悪かった。この魔剣とはな」


「ゴホッ……そういう、ことだったんスね……」


 大きく咳き込み、ムムルゥは力なく仰向けになった。三回の打ち合いに全てを懸けたせいで消耗しきり、元々細身だった肉体が、さらに萎んで見える。


 三回の打ち合いで、すべてに決着をつける。


 どちらもそう宣言し始まった四天王の戦いは、ライゴウの勝利。戦いを見守っていた群衆が、一斉に歓声を上げようとした、その時。


「……そんなの、こっちは全部お見通しっスよ」


 ――ドンッ!!


 と、ムムルゥがにやりと意地悪な笑みを浮かべると、瞬間、衝撃とともに、瘴気の雲に覆われた薄暗い魔界の空から、一柱の、ライゴウの身体を丸ごと包み込むほどの光の柱が降りてきたのだった。


「なっ、なんだこの光は……」


「わかりきった情報をべらべらとどうもッス、斬魔鬼将。お礼に、私達からも、とっておきのネタばれをプレゼントするッスよ」


 ぱらり、と、動揺するライゴウの懐から落ちてきたのは、一通の手紙。


「――この手紙を託されたものを、強制的に指定の場所へと招待する。場所は……『王都アルタナーガ』の『王城』……『六賢者会議場』、だと……!?」


 それは、魔界に来る前、タカヤ少年が、師匠のエヴァーにお願いして作成してもらった、時限起動式の転移魔法が記述された手紙だった。


「まさか、貴様さっきの三度目の打ち合いの時にこれを潜ませて……!」


「――永遠に、サヨウナラ。斬魔鬼将。もう二度と、私の目の前に姿を現せないよう、跡形もなく消え去れ」


「小癪なことをッ……! だが、この魔剣が健在ならばッ——」


「——ははっ、健在? その剣のどこが健在なんスか?」


「!? 貴様、それは、どういうっ……!」


 ――ドンッ!!


 言い終わる前に転移が発動し、ライゴウは、そのまま、エヴァーやその他の賢者たちが待つ王都へと、強制的に飛ばされていった。


 これで、ムムルゥは、目的をすべて果たした。後は、誰かわからない『切り札』の仕事である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る