第64話 私刑、そして


 リーダーである明人が白旗を上げた後、ほどなくして、見回りの人間など含めた、洞窟にいるクラスメイト達全員が集められた。


 その数、三十人。


 クラスには隆也を除いて三十七人いたはずだから、七人ほどいない計算になる。


 明人の話だと、隆也がパーティから抜けた後、すぐに自らの意志で抜けた女子生徒達数人がいるようだ。その中には、隆也のことを遠巻きに『キモい』だのなんだのと聞こえるように陰口を叩いていた連中も含まれていた。


 俊一やその他の男子生徒を使って、自分達は被害の及ばないところで高笑いをしていた卑怯なヒトたち。隆也の中では、俊一の次に真っ先に懲らしめてやりたいグループだったが、どうやら悪運だけは強いらしい。


「……何を、するつもりなんだ」


 エヴァーの魔法によって手足を拘束された明人が、消え入るような声で隆也へ訊く。

 

 隆也の前で跪く明人と、それを見下ろす隆也。


 この場において、彼らの立場は、完全に逆転していた。


「さあ? 正直な話、俺はもう君らのことなんてどうでもいいんだよ。半殺しの目にはあったけど、助かったし。そうだなあ……このまま身包み剥がして『もう二度と顔を見せるな』って放り出しても全然いいと思うんだけど」


「それじゃあ——」


「でも、それはあくまで俺の意見ってだけだから。俺がそう思ってても、仲間たちは、そう思っていない。だから、これから仲間達に決をとって、君らの処遇を決めさせてもらおうと思う」


 言って、隆也は明人達クラスメイト達に背を向けて、仲間達の輪の中心へと戻っていった。


 ここで明人達を許していれば、隆也は再びクラスメイトの輪の中に戻ることもできたかもしれない。この件でしこりは残るかもしれないが、もう隆也の身を脅かす存在は、俊一を含め、この中にはいないのだから。


 だが、それでも隆也は彼らと決別をする。


 自身の身を恋人や家族のように案じ、行動を起こしてくれた『仲間達』とともに、これからを生きる。


 そう、彼は決心したのだから。


「……挨拶は済んだか?」


「……はい」


 師匠の問いに頷いた隆也はこの後のことを、エヴァーやアカネ、レティ以下、シーラットのメンバー達に任せることにした。


 隆也は許しても、他のメンバー達が元クラスメイト達のこを許さない。


 特に、怒りが強いのは、師匠やレティ、ミケといった、隆也のことを溺愛している面々だった。


「ごしゅじんさま、あいつらどうやってころす? あたまをかみくだく? わたしならいっしゅんでやれる」


「ダメですよ、ミケ。それではアイツらを楽に死なせてしまうではないですか。ここは我ら魅魔一族に伝わる魔界式拷問術で精神を破壊し、最後は意識を魔法で無理やり保たせたまま、生きたまま家畜に足から徐々に貪られる様を眺めるのがいいでしょう」


「ふむ、それも確かに捨てがたいな。だが、私としてもせっかく張り切って現役時代のローブを着てきたから、できれば自らの手で断罪してやりたい。森の秘境にある大樹をこの場に召喚して、ゆっくりと骨になるまでエナジードレインするとか」


 彼女達の間ではすでに彼らを処刑することは決定事項のようで、想像するだけでもおぞましいやり取りが繰り広げられている。


 輪の中には、メイリールやアカネ、フェイリアといった女性陣全員が含まれているが、彼女達もその発言を否定することはしなかった。


「なあ、ロアー。うちのギルド、いつからこんなヤバいヤツらが集まる愉快なギルドになったんだろうな?」


「俺に聞かないでくださいよ、社長」


 その横で、ルドラとロアーが引き気味で会話している。ダイクは異能を使った影響で眠りこけたままだが、女性陣から溢れる漆黒の闇を感じ取ったのか、先程より時折うなされている。


「ごしゅじんさま」


「タカヤ様」


「タカヤ」


「えっと、はい?」


「「「どうする??」」」


「そう言われましても……」


 結局、その日に結論には至らず、彼らの身柄は『処分保留』として、エヴァーの館の地下深くにあるという牢獄に移されることとなった。


 俊一や明人といった面々は、ひとまずそこで己の罪を償うこととなるだろう。彼らの生殺与奪の権利は、隆也の手の内にある。彼の一声で、彼らの首はいつでも瞬時に飛ばすことが可能だ。


 彼らにも自分と同じように絶望を味わってもらうことにしようと、隆也は思っている。


 甘いかもしれないと彼自身も思う。だが、この件はそれでいい。


 釣り合いがとれれば、それで。




 × × ×




 ベイロードの片隅で起こったちょっとした誘拐事件が終結を迎えた日の夜。


 別のところで、これから絶頂期を迎えるはずだった『彼女達』の冒険も、また、終わろうとしていた。


「なによコレ……話が、話が全然違うじゃん……!」


 数人の女子グループのうちの一人がそう呟く。


 彼女達もまた、明人達の集団から抜けた面々だった。


 名上といういじめられっ子を面白半分で追放した後、それまで比較的潤沢だった旅の資金がショートし、金を自由に使えなくなった彼女達は、クラスからの脱退を持ち掛けてきた『一人の少女』の提案に乗って行動することにした。


 彼女達には類まれなる魔法の才能があった。野蛮なことしかできない猿のような男子たちとは違い、私達は知性の塊なのだ、と信じて疑わなかった。


【私達七人で、この世界で楽しく生きましょう?】


【私たちは特別。私達は選ばれた存在】


【だから、この世界でもきっと大丈夫】


 甘く響く『彼女』の声が今も耳にこびりついて離れない。


 それぐらい、『彼女』が囁く言葉には、人を惑わす魅力があったのだ。


 だが、今は。


「へへ……おお、ヘンなカッコしているが、全員なかなかの上玉じゃねえか。ちょっと生意気そうだが、これはこれで調教のしがいがある。奴隷として売りつけてもいいしな」


 クラスに残っていたお金や換金前のレア素材を持ち逃げし、不自由ながらも満足のいく生活を送っていた矢先。


 この世界最大の都市であるという『王都』へと向かう道中の宿で、突然、彼女達六人は襲撃にあったのである。


「嫌ッ、離してッ!」


 綺麗に手入れしていた髪を引きずられた一人の少女が、乱暴に床に叩きつけられる。


 このぐらいの悪漢、これまでの彼女達なら指一本触れさせることなく魔法で撃退していた。赤く燃え上がる炎で、鋭い透明な水の刃で、または空気すら容易に切り裂くほどのカマイタチで。腕っぷしも、強化魔法を積んでやれば、盗賊風情なら素手でなんとでも出来た。


 だが、なぜか、この夜はその魔法を行使することができない。


 念じても、祈っても。


 まるで奇跡は品切れだと言わんばかりに、彼女達の才能は、そのなりをひそめていたのである。


「なんでっ!? なんで出てくれないんだよっ! 私達は凄い人間じゃなかったのかよッ!」


 盗賊に乱暴に服を引き裂かれながら、また一人、別の少女が叫ぶ。


 こんなはずじゃなかったのに、どうして。


 その疑問に答えてくれたのは、もちろん【彼女】だった。


「――ごきげんよう、皆さん」


水上みながみぃっ……! アンタ、まさか初めからそのつもりで……!」


 なおも抵抗を続ける少女の声に、【彼女】――水上詩折みながみしおりは、盗賊たちの後ろで、優雅な笑みを浮かべていた。


「ええ、そうよ。私の口車にあっさり乗って……本当に馬鹿な子猫さん達」


 その少女は、明人と同じくもう一人の委員長だった。


 腰まで伸びる美しい黒髪が特徴の、清楚な雰囲気を醸し出す少女。いつもは明人の補佐をする形で大人しい彼女だったが、異世界に来てからはがらりと性格が変わって、不安を募らせる六人の少女達を、力強い言葉で励ましていたのだ。


 だから、六人は信じた。


 この子についていけば、その通りにすれば、何もかも上手くいくのだ、と。


「ちょっと時間がかかったけど、あなた達六人の『木』は、全部私のものになった。だから、あなた達はもう用済み」


「テメエ、最初からアタシらハメるつもりで……あぐっ!?」


 詩折の蹴りが、乱暴な言葉遣いの少女の顔面を捉えた。体術スキルを得た彼女の蹴りは、少女の脆い体の一部をいとも簡単に破壊する。


「おいおい困るぜ嬢ちゃん。これはもう俺達の商品なんだから、もっと丁重に扱ってもらわねえと」


「あら、ごめんなさい。じゃあ、この蹴りの分は値引きしておくわね」


 言って、詩折は盗賊の頭目らしき男に金貨数枚を投げ渡した。


 まがりなりにも一緒に旅してきた仲間だが、詩折は、初めからそれをモノとしてしか認識していなかったのである。


「じゃあ、私はこれで。後は皆さま煮るなり焼くなり、お好きなように……」


「ちょっ……待って、待ってよしおりん! 私達、友達でしょ? 仲間でしょ? 困ったら助けてくれるって、それが仲間だって、しおりん言ってたじゃん!」


「…………」


 必死になって呼び止める元仲間の声に、詩折は立ち止まり、そして、


「さようなら、雌豚さん。人の影に隠れてばかりのあなたたちには、お似合いの最期よ」


 楽しげに言って、詩折は、一人、その場を後にする。


 その後、六人の少女達の行方を知る者は、誰もいない。



 × ×



「……これで、残るは『根っこ』の部分だけ」


 密かに仕入れていたツリーペーパーに描かれた自身の『木』を今一度確認した詩折が、一人呟く。


 巨大な紙の上半分では足りないほどに広がった大樹だが、その形は明らかに異質なだった。

 

 幹、枝、それにそこから生い茂る葉は、まるで所々接ぎ木したかのように、色が違っている。


 しかもこの『木』には、本来あるはずの根っこがない。


 どこか余所で生えていたものを根元から伐採し、それを自分の庭に埋めたような、そんな不自然な絵。


「……待っててね。名上君。きっと、あなたの『根っこ』も、私の『空っぽ』の力で、奪ってあげるから」


 今は白紙の状態の紙の下半分を撫でながら、詩折は、闇の中で、今はこの場に居ない元クラスメイトに向け、密かに宣言したのだった。

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