第63話 異能 2
「な、んでっ……?」
ダイクの魔法を受けた瞬間、隆也の体が再び悲鳴を上げ始める。
回復薬によって塞がりつつあった傷が開いて裂け、血があふれ出し、骨が軋み、全身が悲鳴を上げている。
俊一によってつけられた傷が、再び隆也の体に甦っていく。
脳裏に呼び起こされる俊一の下卑た顔と、耳にこびりつくように残る笑い声。
ダイクがかけたという麻酔の魔法のおかげで、なんとか意識を保つことは出来る。だが、ちょっとでも油断したら再び意識を持っていかれてしまいそうだ。
「あああっ……あっ、あああああああああああっ!!」
耐えがたいほどの痛みに、隆也は必死に体を捩らせる。
「クゥン……」
涙を浮かべて苦悶の表情を浮かべる主人を見たミケが、ダイクのほうへ首を向ける。
やっぱりこんなことしないほうがいいのではないか、と。
「ダメだ! 普通に治療したって、これだけの大怪我じゃ、必ず何らかの後遺症が残っちまう。タカヤを無事に、無傷の状態でギルドに持って帰るのなら、元に戻すしかねえんだ!」
しかし、ダイクが能力の行使をやめることはなかった。額から滝のように汗を滴らせながら、『戻ってこい』とうわごとのように念じ続けている。
「ダイク、いけそうか?」
「傷の感じからみて、致命傷を負ったのは、ほんの少し前だ。そこまで戻せるかどうかは、俺の体力次第ってとこだ!」
片手に持っていた精神回復薬を一気に飲み干したダイクは、自身の鎧を脱ぎ捨ててて、新しく出来たちょっと生意気な弟分のために、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「ん、っらあああああっ!!」
一際大きい声でダイクが吠えた、その時。
それまで苦しんでいたはずの隆也の動きが、急に大人しくなっていく。
「っ、ううううっ……って、あれ?」
まずそのことに気付いたのは、他でもない隆也だった。
「痛く、ない? いや、痛くなくなってる……」
さきほどのまでの苦しみが嘘のように、すーっと痛みの波が引いていくのがわかる。奪われたシロガネによってばっくりと切り裂かれたはずの傷は、痕跡すら残さず消えているし、血だらけの口内も、粉々に砕けた歯も、まるで全て夢だったかのようにして、綺麗さっぱり治っていたのだ。
折れた骨ももちろん元通りで、すぐにでも飛び跳ねることができそうだった。
「っし。ちょうど一時間の『巻き戻し』ってとこ、か……」
隆也の作った回復薬以上の治癒の奇跡を見せたダイクは、力尽きたようにしてその場に倒れ込んだ。
「ダイク!」
「へへ……よかったな、ボコボコにされるのが遅くて。これがちょっとでも早かったら、さすがの俺でもお手上げ状態だった、ぜ——」
仲間の無事を確認すると、ダイクはそのまま眠るようにして気を失った。
隆也のことを救えて満足しているのか、その顔にはうっすらと笑みがこぼれていた。
「……寝かせておいてやれ。今日の最高殊勲賞だ」
「……ねえロアー、ダイクは俺に何をしたの? しきりに『戻れ』って念じてたみたいだけど」
「言葉通りだよ。ダイクの魔法は、お前を元に戻した——賊共から拷問されて、致命傷を負う前のタカヤにな。それがコイツの中に眠っていた本当の能力だ」
「もど、した……?」
ロアーの答えに、思わず隆也は絶句する。
戻した。つまり、『時を』巻き戻したということだ。隆也の傷口から再び血が吹き出したり、逆に戻ったのは、タカヤが直前に受けた過去の出来事を巻き戻していたからのである。
そんなことが出来るのか、とは思わない。ここは異世界であり、ゲームのようにスキルだったり、レベルだったり魔法だったりと言った概念が存在している。
だが、まさかそれをダイクが使えるとは、夢にも思わなかった。
三人の中では、リーダーでもなく、紅一点でもなく、女好きであるということすら社長とキャラが被っているダイクに、まさか、そんな力があったとは。
「――紙が示す『木』は本当に人それぞれだからな。根っこしかなかったり、または、『木』ですらないものが描かれたりな」
そんな声とともに、ふわり、と隆也の頬を優しい風が撫でる。
隆也にとって、もっとも安心をもたらしてくれる女性。
そこには、思わず見惚れるほどの美貌を持った、深緑のドレスローブに身を包んだ『森の賢者』であるエヴァーが姿を現していた。
背後には、もちろん姉弟子であるアカネも控えていた。
「ししょ……わぷっ」
隆也が言い終わる前に、エヴァーは自身の豊かな胸に弟子を抱き寄せる。
「お前は心配をかけすぎだ。このバカ弟子め。私がプレゼントした護符がなければ、お前はいまごろ魔獣共の餌になっていたところだったぞ」
隆也の首に提げられていた護符が、エヴァーの首元にあるものと共鳴するかのように輝いた。
「……ごめんなさい、師匠」
「いいや、許さん。バツとして、お前には館の屋敷の大掃除と、私の生活の世話係を命じる。しばらくは、片時だって離れてやらんからな」
手元に置かれるのはいいとして、心霊部屋だらけの部屋の掃除だけはさすがに勘弁してほしいところだ。あの部屋で一晩暮らすならまださらわれたほうがマシかもしれないと思うほどに、隆也は幽霊が苦手なのである。
「タカヤ、これを」
アカネがタカヤに手渡したのは、それまで俊一の手におちていたシロガネだった。
主人の意に反して切り傷を付けた相棒が隆也の手に再び収まると、それまで暗く鈍っていた刀身に、再び白い輝きがよみがえる。
「アカネさんも、すいませんでした」
「ふん、賊なんかにあっさり攫われる体たらく……まったく、出来の悪い弟弟子だよ、貴様は」
しかし、そう言いつつも、隆也の頭を撫でるアカネの顔にも、安堵の表情が浮かんでいる。
やはり、彼女は素直じゃない。
「さて、と……」
隆也を大事そうに腕の中に抱いたまま、エヴァーの視線が、気絶した俊一や、メイリールに動きをけん制されて動けない明人、それに、隅っこに集まっているクラスメイトたち数人へと向かう。
「おい、じゃじゃうま……もといメイリール。タイムアップだ。後は私がやる」
「おばさんは口ださんで! 元はと言えば、これは私がまいた種なんやけん、せめてこいつぐらいは私の力で……」
「――メイリール」
「っ……!?」
低くくぐもった声の迫力に、メイリールを含めた全員の体が威圧される。
エヴァーを除けば一番の実力を持つミケですら、思わず萎縮するほどの迫力。
これまで隆也には一切見せることなかった、エヴァーの純粋な怒りの表情に、隆也は息をのんだ。
「ほんの少しだけ『時を早送り』する力……強力だが、種が割れてしまえば、対策できないこともない。その
「……くっ」
後ろ髪をひかれるように、メイリールは明人から離れ、仲間の輪の中に戻った。
「メイリールさん」
「ごめんね、タカヤ。カタキ、とれんやった」
「気にしないでください。末次を倒しただけでも、すごいと思いますから」
隆也にとって個人的に恨みが強いのはむしろ俊一のほうなので、それで十分すぎるほどである。
時を巻き戻すダイク、と時を早送りするメイリール。
どちらも、かけがえのない、隆也の恩人である。
「……俺たちの、負けか」
戦意が失われた仲間達の姿を見て、明人は大きく溜息をついた。
明人も強いとはいえ、こちら側にはミケもいれば、エヴァーもいる。
勝てる道理など、もう一欠けらも存在していない。
「おい、そこの雷使いのクソガキ。貴様が、私の大事な大事な弟子をさらった犯人、ということで違いないな?」
「っ……はい」
明人へと放たれる禍々しい魔法使いの殺気に、彼は否応な理解する。
自分達の世界に戻るという目標をもって進められた冒険の幕は、この暗がりの洞窟をもって、完全に降ろされてしまうことに。
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