第52話 再会の朝 2


 レティに言伝をたのんでから、およそ三十分ほどで、ロアーとダイクの二人は、隆也が待つシーラットの社員通用口の前にやってきた。


 元々仕事に行く前だったのだろう、すでに二人とも準備は万端だった。


「おっす、タカヤ。いやあ、やっぱレティちゃんは最高だな。踏んづけてくださいって言ったら、虫けらをみるような目で『死んでください』って罵られたよ」


「ダイク、あんまり調子乗ってたらいつか本当にやられちゃうよ……」

 

 レティもギルドの従業員の一員だが、命令に忠実なのは、雇い主である社長ルドラ副社長フェイリア、それと、メイドとしても仕えている隆也のみで、他の人達に対しての態度はそっけない。礼儀正しく接していれば、それ相応の対応で返してくれるので、ロアーに対しては普通だが、ダイクについては始終こんな調子である。


 なんでこう、社長しかり、ダイクしかり、シーラットの女好き達は誰かに踏まれるのを至上としているのだろう。


「お前が来てくれるなら有難いが……そっちの仕事はもういいのか?」


「うん、注文が来てる分はね。メイリールさんは?」


 隆也はもう一人の、というか、この三人のなかでは一番顔を合わせたい人の姿を探すが、通りを見ても、まだこちらに向かってくる様子はない。


 彼女の家は、ギルドから最も近い場所にあるため、準備に戸惑っていたとしても、そうそう時間はかからないと思うのだが。


「……ああ、アイツならそこだよ」


「え?」


「あっ……」


 ロアーがギルドの建物の影を指差すと、そこには、隆也の様子を伺っている様子のメイリールがいた。


「えっと……メイリールさん、いつからそこに?」


「れ、レティちゃんから伝言来て……タカヤが来る前から、ずっと待っとった」


「そんな、言ってくれればよかったのに」


「ああ、うん。ごめんね。でもなんかこう、声をかけるタイミングば逸したというか……あはは、な、なんやろね。今日の私、なんか変やね」


 妙に隆也に対して、よそよそしいメイリールの態度だが、実は、今日が初めてのことではない。


 隆也が戻ってきてから、メイリールはずっとこうなのだ。


 ダイクやロアー、それに同時期に入社したというミッタとは普通通りに話し、ミケにもやさしく接してくれるのだが、隆也だったり、はたまたレティだったりには、妙に他人行儀に接してくるのである。


 原因は、まあ、なんとなくわかる。レティやミケ、それに今はこの場にはいないが、ムムルゥやアカネ、エヴァーなど、この少ない期間で、隆也の周りには、メイリール以外の、しかもそこそこ親しい間柄の女性達が増えているのである。


 特にレティに関しては、ちょうど頬にキスされているところまで見られてしまっている。一連の事件の後、ミッタを間に入れる形でなんとか誤解自体は解いた隆也だったが、それでもメイリールの中では、まだ少ししこりが残っているらしい。


 嫌われているわけではない、と思うのだが。


「……タカヤ」


 背後にいるロアーが、肘で隆也の背中を小突く。


 リーダーである彼の言わんとしていることはわかる。さっさと仲直りしろ、と。


 パーティで行動するのだから、こういうちょっとした仲違いが、命とりになることがある。特に彼らはレベルがそう高いわけではないから、なおさらチームワークが大切である。


「まだ、出発まで一時間ぐらい余裕はあるから、ちょっとその辺二人でぶらついてこい」


「だな。一応、アイツはあれでこのパーティのムードメーカーだしな。それに、こんな調子で仕事したって、タカヤもつまんねえだろ?」


「そりゃそうだけど……」


 しかし、どうやってメイリールに声を掛けたらいいのかはわからない。


 時間は短いけれど、二人で散歩でも、なんてどう考えてもデートしてくださいと言っているようなものである。

 

 恋愛経験など皆無でしかも、女性からの誘いは大抵受け身の隆也にとっては、女性、しかもメイリールをデートに誘うだなんて、とてもじゃないができるレベルにない。


 この時ほど、アンバランスで、極端な自分の素質を呪う隆也だった。


「ああもう、じれってえな! おい、メイリール。俺達買い物思い出したから、ちょっと隆也とその辺で茶でも飲んで時間潰しててくれ」


「え? で、でもそんなことしたら、レティちゃんとかが……」


「他人のことなんていちいち気にすんな。今日、隆也はお前と冒険したいがために俺達を誘ったんだぞ」


「っ……!」


 どうやらこの二人には隆也の目的などバレバレだったらしい。


 そう、一緒に仕事をしようと三人を誘ったのは、それを口実にすれば、メイリールと自然にまた会話ができると思ったからである。レティとミケにギルドでの待機を命じたのも、余計な邪魔が入らないようにするためだ。


「……タカヤ、ダイクはああ言いよるけど、ほんとにそうなん?」


「あの、はい……そう、です。最近その、メイリールさんとちゃんと話せなかったから」


「そう、やったんね……」


 恥ずかしそうに俯いて顔を合わせようとしない隆也の様子を見て、メイリールの顔に明るさが戻った。


「なあんね! そんなくだらんことば気にしとったと? もう、タカヤってばしょうのない子やね。そうね、私と仲良くしたかったとね! そうねそうね!」


「ごほっ、メイリールさん強く叩き過ぎです……」


 急に距離感を縮めてきたメイリールがバンバンと隆也の背中を叩く。


 修行を経ても、そうそうこれまでの人間性が急激に変わることなどない。それがわかったメイリールはとても嬉しそうだった。


「えっと、ダイクとロアーは買い出しやったね。それじゃ、私はタカヤと一緒にその辺ぶらぶらしてくるけん。よし、それじゃさっそく行こっ、タカヤ!」


「っと……メイリールさん、わかりましたからそんなに引っ張らないで」


 ちょっと恥ずかしい思いはしたが、これでメイリールとの関係が戻ったのなら、安いものである。


 恩人との朝のちょっとしたデートに、ほんの少しだけ、胸を躍らせる隆也だった。

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