第46話 受諾


「な、!#%&#%”’’’’%’……!」


「お嬢様、落ち着いてください。魔界言語で喋られても、皆様に伝わらない」


「そ、そうっスよね……な、何言ってんスかレティ、人質になるなんて、そんなこと認められるわけないじゃないっスか!」


 この場の誰より主人が驚いていると言うことは、やはりレティの独断だったのだろう。しかし、ムムルゥを見据えるメイドの顔には、頑として、意見を曲げないという決意が現れていた。


「では、お嬢様。この方をあきらめて、別のところを探しますか? 諦めかけたところに舞い降りた、幸運ともいえる蜘蛛の糸です。絶対に放すわけには参りません」


「でも、それじゃあ私の世話は……」


「職務についてからのお世話係については、私の部下にすでに頼んであります。あらゆることを想定しておくのが、お嬢様のメイドたる私の務めですから」


 ということは、どんな条件でも受け入れる準備が彼女にはあった、ということだろう。彼女は、彼女自身の『価値』や『武器』というものをとてもよく理解している。


「どうしてそこまで……」


「創造主様、それが、私達『魔族』という生き物なのでございますよ」


 思わず漏らした疑問に、レティはすぐさま答える。


「魔族にとって『面子』や『プライド』というのは、時には命よりも大切なものでございます。上級魔族ともなれば、特に。そんな存在だからこそ、ちょっとした『恥』も許されるわけにはいきません。例えば、自身の相棒をちょっとした不注意が原因で壊してしまった、なんてマヌケもいいところ。そんなことでは下に示しがつかない。舐められるわけです」


 自身が敗れた存在だからこそ、自身よりも全てにおいて優れてなければいけない。それなのに、そんな醜態を晒されでもしたら、そんなのに従っている自分も馬鹿にされた気分になる——支配される側の感情としては、そういうことなのだろう。


 魔族は魔王を除いて四つに区切られて支配されているから、それぞれの区域での優劣のつけ合いなどもあるのかもしれない。


 人間の世界でもそう言うことは往々にしてあるのだから、魔界ともなればさらにそれが顕著ということか。


「そのために、あなたが犠牲になる、と?」


「その通りでございます。私はお嬢様のメイドとなることを決めた時から、自身の矜持などは捨てましたから」

 

 主人のプライドのためなら、自身の体すら喜んで差し出す。


 彼女は下級魔族ということらしいが、主人に付き従うメイドという点において、彼女はそれ以上に貴重な存在かもしれない。


「でも、こうして人間に頭を下げてる時点で、そうはなりませんか?」


「耳の痛い話ですね。確かにその通りです。ですが、恥は隠してしまえば、露見しなければ恥にはなりません」

 

 魔槍がこのままなければ、役職に復帰した際に必ずバレる。だが、隆也に依頼しているこの内容は極秘。こちら側は人間だし、魔族とコンタクトを取れる人間は、そういない。もし漏れても、しらを切り通せばいいだけの話だ。


 修理さえすれば魔槍はあるし、新しく魔槍を作ったとしても『こちらのほうが性能が良いから入れ替えた』ぐらい言っておけばいい。言い訳はいくらでも作れる。


「タカヤ、お前が決めろ。この依頼はお前にされたものだ。私はお前の師匠だが、お前は私の操り人形じゃない」


「師匠、いいんですか?」


「好きにしろ。魔槍を修理するのは一筋縄ではいかんが、それができればお前も大きく成長できる。それに、報酬も莫大だ。相手は魔族だが、依頼料を値切ってくるようなクズどもよりはよっぽど信頼できる」


「社長、それに副社長は……」


 隆也は、ルドラとフェイリアを見る。


「私は構わんぞ。タカヤをこのギルドの一員として引き入れたからには、遅かれ早かれこうなるだろうとは思っていた。だからこそ、タカヤのいない二カ月の間、私達はをしてきたんだからな」


「ま、そういうこったな。借りた金を返す算段をどうしようかと思ったが、今回の依頼で、それでチャラになりそうだし」


「え、あの……」


 どうやら、二人も師匠と同意見らしい。


 というか、なぜ三人とも、隆也がことをわかっているのだろう。


 まだ受けるなんて一言も口を発していないのだが。


「……分かりやす過ぎなんだよ、貴様は」


 隣にいる姉弟子が溜息をついて、その理由を教えてくれる。


「お前が、頼まれたことをなかなか断れない人間だというのは、これまでの生活で嫌と言うほどわかっている。理屈では否定しても、気づいたときには手を差し伸べている——そんな馬鹿なヤツなんだよ、タカヤはな」


「ごしゅじんさま、たんじゅん。でも、わたしはだいすき」


 その最たる例が、今この場で元気に主人に向かって尻尾を振っているミケだ。


 隆也がこんなどうしようもない、くだらない情にほだされて魔族の申し出すら引き受けてしまうような人間だからこそ、ミケは今、この世界で生きている。


「なんだ、じゃあ、最初からバレてたんですね」


「! と、いうことは……」


 ムムルゥとレティが期待したような表情を浮かべる。


 こういう表情をされるのが、隆也は最も苦手だったりする。


「わかりました。ムムルゥさん、レティさん。その依頼引き受けさせていただきま——わぷっ!?」


 と、隆也が依頼の受諾を告げようとしたところで、二人に抱き着かれてしまった。


「ありがとう、ありがとうっス。タカヤ、タカヤ様! あなたは神か!」


「魔族は神など本来は信じておりませんが、この時ばかりは神に感謝させていただきます!」


「うえっ、ちょっ……嬉しいのはわかりますが離れて」


 二人の麗しい魔族の少女にもみくちゃにされ、隆也は困惑する。ふわりと鼻腔をくすぐる良い匂いに、頭がくらくらとする。魅魔というぐらいだから、フェロモンか何かだろうか。


 依頼を受けただけでこの喜びよう。これまで二人は相当なプレッシャーを感じていたはずだから、気持ちはわからないでもないが。


「タカヤ、『お楽しみ』中のところ悪いが、本当にその依頼、受けて大丈夫なのか? 私との修行では、まだ魔槍の素材を加工できるレベルに達していないだろう?」


 お楽しみ、を随分と強調してきたアカネが隆也に事実を告げてくる。


 そう、確かに姉弟子の言う通り、隆也はまだ成長中の身で、鍛冶スキルも、今現在はレベルⅤ~Ⅵ程度。


「そ、そうなんスか?」


「ええ。レベルⅨになれる、ってだけで、今はそうではないです」


「え、じゃあ魔槍の修理はまだ出来ないんスか……?」


 それまで喜びを爆発させていたムムルゥの顔が、途端に暗いものへと変わる。


「そんな顔をしないでください。確かに、直接魔槍に使われた金属素材を叩くことはできませんけど、多分、修理するぐらいなら出来ると思いますから」


「? タカヤ様、それはいったい……」


「レティさん、修理をする時にもっとも古典的な方法ってなにかわかりますか?」


 レティはふるふると首を振る。


「壊れたら、それをがっちりとくっつけてしまえばいい。そうは思いませんか?」


 隆也が視線を移したのは、彼が持ってきたリュックの中。


 正確に言えば、その中で淡い青色の光を放って、その存在感を今も主張しつづけている『天空石』だった。

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