第3話 ラ・シャットさん
バットを吸い、スコッチを啜りながら、妖精さんと愛煙トークをしていると、扉が開いて、鈴が鳴った。
「あ、いらっしゃい。ラ・シャットさん」
入ってきたのは、30代ぐらいで、暗めの茶髪に軽いパーマがかかった、所謂猫系の美人だった。
伊達にフランス語のLa chatte、つまり雌猫と呼ばれているのではなさそうだ。
「妖精さん、どうも。おや、こちらの方は新顔かい?まだ随分と若そうだけど」
ラ・シャットさんが私の方を見て、その猫のような目を細める。
とりあえず、社交辞令なので、私は名刺を渡す。
「私はこういう者です。以後よろしく」
ラ・シャットさんは、私と名詞と、そして机の上に置かれたバットとを見まわしてから、言う。
「文芸雑誌の編集者なのね。道理で、バットが良く似合う訳だ」
そして、自らの名刺を私に差し出す。
「わたくしは、こういう者よ。ここではいつの間にかラ・シャットと呼ばれているの。あなたのことは、なんとお呼びしたらよろしくて?」
私は、彼女の名刺にさっと目を通してから、言う。
「えっと…普通に、本名のショウで大丈夫です」
「それじゃあ面白くないわ。バット吸いの文壇関係者で、まだ若いのにいろいろ苦労してきたように見える。とりあえず、オサムと呼ばせてもらうわね」
オサム。太宰治のことだろうか。
そういえばあの人は、芥川龍之介を非常に尊敬しており、終生芥川賞を望んでいたが、遂に取れなかったんだっけ。
実は私も芥川賞を狙って秘かに書いている作品があるのだが、これまた受賞するかと言えば、そんな気はしない。
そう考えると、被っている部分がなくはないのかもしれない。
ラ・シャットさんの洞察力は、半端じゃないようだ。
「オサム、ですか」
私がそう問い返すと、妖精さんが、うふふと笑いながら、言う。
「いい名前ねえ。私も、そう呼ばせていただくわ。これからよろしくねえ、オサムさん」
いつの間にか、既成事実にされてしまったようだ。
私は、諦めて、苦笑しながら言う。
「分かりましたよ。ここではそういうことにしておきましょう。改めて、よろしくおねがいしますね、妖精さんと、ラ・シャットさん」
妖精さんが、手を差し出す。
「うふふ、よろしくねえ」
そして、ラ・シャットさんは、テーブル席を取り、妖精さんに言う。
「いつもの、頼むね。妖精さん」
「了解」
妖精さんは、英国銘柄のジンのボトルを持ってきてシェーカーに注ぐ。
更に、ペパーミントだろうか、緑色のリキュールを少々と、パイナップルジュースを少々。
そしてシェーカーを振る。小気味のいい音が響く。
その合間に、ラ・シャットさんは、タバコ葉が大量に詰められた袋を取り出し、その中から少々葉を取り出して、いつの間にか用意していた小道具の上に乗せる。
その端には、フィルターだろうか、小さな白い円筒が乗せられている。
彼女は、小道具を閉じて、くるくると回した後、ポーチから紙を取り出して、今度はその神をこの小道具の中に吸い込ませていく。
端だけが残ったところで、ペロッと、まるで猫のようにその紙を舐める。
そして、更に小道具をくるくると少しだけ回してから、小道具を開く。
その中には、一本の紙巻き煙草が入っていた。
「まるでマジックみたいですね」
ふと、私が感想を漏らすと、彼女は微笑んで、言った。
「手巻きタバコよ。自分で葉をブレンドできるから、自分だけのタバコを簡単にオーダーメイドできるの。あなたも試してみたら?」
「面白そうですね。時間があるときに、調べてみようと思います」
「何でも一人で調べなくてもいいのよ。手巻きのことなら、わたくしに聞いてくれればなんでも教えてあげるからさ」
やはり、愛煙家としてのレベルも高いようだ。
「では、お言葉に甘えて…」
その時、妖精さんが、ミントチェリーがちょこんと乗っかった、柔らかな黄緑色の美しいカクテルを運んできた。
「お待たせしました。いつもの、アラウンド・ザ・ワールドでございます。どうぞごゆっくり」
なるほど、外資系で働くというラ・シャットさんには、ぴったりなチョイスだ。
そう思っていると、妖精さんも、開いているカウンターの椅子に腰かけて、言った。
「うふふ。ラ・シャットさんの手巻きのお話、私も今一度聞きたいわねえ」
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