第66話
泰佑がスターライトパスポートを2枚買って戻ると、希久美はすでにミニーのヘアバンドを付けてはしゃいでいた。
「次はTDLなの?」
「そうよ。恋人たちの永遠のデートスポットよ」
「高校生じゃあるまいし…」
「いいから行きましょ」
希久美は、彼の手を握ると、はしゃぎながら泰佑を園内へ引っ張って行った。エントランスからワールドバザールを抜けて、メイン広場へ泰佑を導くと、広場の歩道にブランケットを敷いて腰かけた。
「アトラクションに乗らないの?」
歩道に腰掛けて動かない希久美に泰佑が問いかける。
「ここで、エレクトリカルパレード・ドリームナイツが始まるのを待つの」
「ええ?まだだいぶ時間あるぜ」
「泰佑もここにいらっしゃい」
泰佑を自分の横に座らせた希久美は、さらに自分の膝を叩いて泰佑を促す。
「ほら、ここにくるのよ」
「お、おい。膝枕なんて…」
「いいのよ。おいで…」
躊躇する泰佑の頭を抱えると、無理やり自分の膝の上に載せた。
「朝から連れまわしたから疲れたでしょ。ここで少し休みなさい」
「しかし…。なんだか悪いし、恥ずかしいし…」
泰佑は口で抵抗する割には、体がまったく抵抗を示さない。
「なによ、気持ちがいいくせに。恋人は周りの世界が見えないから、何をするにも恥ずかしがらないものなのよ」
泰佑はぶつぶつ言いながらも、膝の上で寝がえりを打ち希久美のおなかに顔をうずめた。希久美の息に合わせて呼吸していくうちに、いつしか眠りの園に入って行ったようだった。
希久美は、泰佑の寝顔を見守りながら、今日1日を振り返っていた。実は、TDLのパレードを含めて、この忙しいデートプランのひとつひとつが、高校時代、毎夜石津先輩にラブレターを書きながら、一緒にできればと夢想したものだったのだ。その夢を今日1日で一気に叶えた。実はこれは、希久美なりの復讐の一環ではあったのだが、その一つ一つの場面で見せた泰佑の反応が、まさに希久美が願った通りの反応であったことが嬉しかった。三田では、駐車監視員の登場に慌てた泰佑が、車道の縁石に足を引っ掛け、無様につまずくなんておまけまで付けてくれた。
考えてみると、今の泰佑は高校時代の石津先輩より子供に見える。身体はだいぶ大人になっているのになぜそんな感じがするんだろう。希久美は泰佑の髪をなぜながらしばらく考えていた。
そうか、泰佑があの頃から変わらないのに、自分が大人になってしまったからそう感じるんだ。わたしは高校時代の石津先輩の仕打ちを含めて、母親の再婚、就職、様々な男の人たちとのお付き合いなどを経験し、今ではすっかり大人の女になってしまった。泰佑も同様なことがあったはずなのに、なぜかあの頃からこころの成長が止まっているようだ。
デートの待ち合わせ場所で石津先輩の私服姿を初めて見た時、仕事場で意欲的に動く泰佑の姿を見た時、希久美はその姿に男としての強いオーラを感じた。しかし今自分は、膝の上で寝息を立てているこの男を可愛いと感じている。
いかん、いかん。希久美は慌てて首を振る。この男に可愛いなんて感情を持ってはいけない。所詮この男は、いたいけな女子高校生の処女を無理やり奪って、その日に捨てるような悪党なんだから。希久美は膝の上にある泰佑の頭を乱暴に投げ捨てた。
「いてっ、なんだよ急に」
「もうすぐ始まるわよ」
「だからって、この起こし方はないだろう。さっきから、優しくしたり、乱暴になったり…」
「そう言う気まぐれが許されるから恋人なのよ」
「恋人ってのは面倒だなぁ」
やがて、リズミカルにストリートの明かりが消え、楽しい電子音とともにパレードがスタートした。
無数のライトに彩られた美しさと楽しさで、興奮気味にパレードを見つめる希久美の瞳に、様々な色のライトが反射してキラキラと光っている。泰佑はそんな希久美を盗み見しながら、恋人を持つと面倒だけど、案外悪いもんじゃないなと感じ始めていた。
泰佑は殴られるのを覚悟で、おそるおそる希久美の手を握った。希久美から何の反撃もなかった。しかも意外なことに、希久美はその手を優しく握り返してきたのだった。
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