第67話
「だから私言ってやったの、勘違いもほどほどにしなさいって。そしたらそいつ泣き始めてさ、ハハハハ。」
TDLを出た後、近くのシェラトンホテルでふたりは食事を摂っていた。希久美は話すテンションが上がっている。
「しかし…。オキク、運転で酒が飲めない俺の前で、よくまあそんなに飲めるよな」
「いいでしょ、楽しいんだから」
実際、希久美は飲まずには居られなかった。いよいよ復讐のクライマックスを迎えようとしている今、素面では最後の局面に突入できそうにない。
「泰佑は泣いたことないの?」
「そうだな…。泣いた記憶が無い」
「そうよね、高校の最後の試合でも泣かなかったものね」
「なんか言った」
「いいえ、何にも…」
「でも友達に、テレビの『水戸黄門』で毎回泣いているやつがいたよ。なあオキク、『水戸黄門』観て泣けるか。信じられないよ。笑っちゃうよな」
急に希久美が黙り込んだ。いきなり場の空気が変わって泰佑が慌てる。
「どうしたの、お腹でも痛いの?」
希久美はまだふさぎこんでいる。返事もないので泰佑も途方に暮れているとやがて希久美が口を開いた。
「亡くなったおばあちゃんが、『水戸黄門』を観てよく泣いていたのを思い出しちゃった…」
あちゃー、やっちまった。
「わたしね、小さいころにお父さんがいなくなって、お母さんが必死に働いて育ててくれたの。だからお母さんは、仕事でほとんど家に居なかった。学校から帰ってきたわたしを家で迎えてくれたのは、おばあちゃんだったのよ」
泰佑は頭を抱えた。やはりおばあちゃん子である泰佑にはたまらない切り返しだ。もう希久美に掛ける言葉を失っていた。
「おばあちゃんが大好きだったの。中学の時だったわ。おばあちゃんの具合が悪かったから修学旅行には行きたくなかったの。でもおばあちゃんが、思い出だから行って来いって…。わたし毎日家に電話したのよ。お母さんは大丈夫だって言ってたのに、帰ってみたらおばあちゃんの布団が片付けられていて…。お母さんたら修学旅行を台無しにしたくないと思って、嘘ついていたのね。初めてお母さんを恨んだわ。おばあちゃんの最後に一緒に居てあげることができなかったのよ」
希久美のほほを伝わった涙が、テーブルクロスの上に落ちた。
「あの…、ごめん。決しておばあちゃんを馬鹿にして言ったわけじゃないんだ。それに、悲しいこと思い出させちゃって…」
泰佑はハンカチを差し出した。希久美にもか弱い一面があるんだな。そう思いながら涙ぐむ彼女をじっと見つめていた。希久美は、こんなところでおばあちゃんを利用したことを心の中で詫びながらも、この瞬間を逃さなかった。
グラスを手に取ると、心を落ち着かせるために飲む振りをして、ワインを胸元にこぼしたのだ。
「やだ、あたしったら…。服がしみになっちゃうわ」
希久美はシミの具合を見るために、慌ててブラウスの襟元を引いた。首元から希久美の鎖骨が露わになった。
テレサの時とは違って今度は薬も飲んでいないのに、泰佑が反応を示した。
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