第63話
次の場所は、東京国立近代美術館だ。
泰佑が入場券を希久美に渡すと、希久美は、泰佑の腕を取り足早に歩きはじめる。数ある名作を歩き抜け、ある作品の前に直行する。それはシャガールの『真夏の夜の夢』であった。
希久美はその作品の前に陣取ると、じっと動かなくなった。腕を取られた泰佑も並んでしばらく眺めていたが、絵そのものは美しいと思うが、シャガールの幻想世界であるがゆえにその絵の意味がよくわからない。
「オキク。この絵はどんな意味があるの?」
「泰佑は絵の見方を知らないのね。絵はね、理解するんじゃないの、感じるものなのよ。この絵から、何を感じる」
「鹿なのかな、牛なのかな、とにかく獣の頭を持ったおっさんが友達の結婚式に出席したんだ。そのおっさんの顔が赤いから、きっと披露宴で酒を飲み過ぎたんだろうな。それで酔っぱらって、調子に乗って嫌がる友達の花嫁さんにちょっかい出して、周りからひんしゅくをかっているってとこかな」
「あんたの想像力には言葉が出ないわ…」
「ほめてくれてありがとう」
「呆れてるのよ!」
「ならオキクは?」
「男と女のちがいよ。みずからの欲望や感情を顔に出せるから男であり、本当の気持ちや欲求を顔に出さず、心に秘めるからこそ女なの。見て、この憂いに満ちた女性の表情を…」
「だとすれば、やっぱ女って怖いよな…」
「やっとわかった。女ってのは、心の中で渦巻く本当の想いは顔に出さないものなのよ。恨みなんか特にね…」
「いてっ、なんで足を蹴るんだよ」
「恋人ってのは、本当の想いをぶつけられる相手のことを言うのよ」
「話の流れがよくわかんねえよ」
希久美は組んだ腕を解かずに、蹴られた足を痛そうに引きずる泰佑を、ギャラリーショップへと連行していった。
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