第34話

 テラス席のあるカフェ。ケーキを食べ終わったユカは、扱いにくいと文句を言いながらも必死に自分の髪を編んでくれるテレサが、新しいお友達として気に入っているようだ。


ナミは、疑いをかけた失礼を詫びながら、泰佑の相手をしていた。


「ユカちゃんからは、何と呼ばれているんですか?」

「タイ叔父さん、です」

「あら、ひろパパに、タイ叔父さんですか…」


 笑い出すナミに、泰佑は憮然とした。


「おかしいですか?」

「いえ、ごめんなさい。ユカちゃんの周りには、素敵な男性がたくさんいるから、うらやましいんです」


 石嶋がユカを預けるくらいだからきっと信用できる人なんだろう。ナミは言葉少なで無愛想ではあるがこの男性にも好感が持てた。しばらく黙って、ユカとテレサを見守っていたふたりであったが、泰佑が重い口を開いた。


「さきほど主治医とおっしゃってましたが…」

「ええ、こう見えても小児科の医師ですよ」

「そうですか…。ひとつ聞いてもいいですか?」

「ここで診察は無理ですよ」


 笑って冗談を言うナミにも、泰佑はにこりともせず真剣に言葉を続ける。


「いや…。昔から疑問だったのですが、何歳までが小児科の診療対象年齢なんですか?」

「みなさんよく聞かれます。別に大人を診てはいけないと言う決まりはないのですよ。タイ叔父さんも、私のところに来て頂いてもかまわないんです。ただし周りが子供ばっかりだから、居づらいでしょうけど…。つまり、対象年齢は、私が決めるのではなくて、患者さんが決めるんですね」

「そういうことですか…」

「それに、小児科なんて名前にしたから、内科、外科の関係なくこども達はやってきます。だから幅広く対応するための勉強は不可欠なんです。例えば、私は病院では精神科医としての診察もできるんですよ」


 泰佑は、今度はナミを見つめて黙ってうなずくだけだった。また、しばらくの沈黙の後。


「あの…。今度病院にご相談に行っても…」


 ようやく泰佑の口から出た言葉はあまりにも小さく、ユカに飛び付かれたナミの耳には届かなかったようだ。テレサと交代して、今度はナミがユカと遊ぶ。テレサはすれ違いざま、小声でナミの耳元で囁いた。


「いつまでもいい男を独占してるんじゃないわよ。私にもチャンス頂戴!」


 テレサはユカのお相手に疲れたように振舞いながら、図々しく泰佑の横に腰掛けた。


「ユカちゃんは可愛いですよね」


 テレサが、少し泰佑の方にすり寄った。


「…私もユカちゃんの年の頃は、お人形さんみたいに可愛いって、よく言われてたんです」


 泰佑は何の反応も示さなかった。


「私の名はテレサっていうんですけど…、タイ叔父さんの下のお名前を、聞かせてもらえません?」


 泰佑は、相変わらず話しかけてくるテレサを珍しいものを見るかのように眺めた。


「なんでそんなことを?」

「できれば、タイ叔父さんではなくて、下のお名前でお呼びしたくて」


 希久美以外に呼びつけにされる女が増えるなんてごめんだ。


「勘弁してください…」

「えっ、だめですか?どうして?私のこともテレサって呼んでもいいですから…」


 泰佑は食い下がるテレサには一切取り合うことがなかった。

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