第33話
テレサとモールにショッピングに出ていたナミの足に、突然女の子が抱きついてきた。驚いてナミが声を上げると、女の子は大きな声で笑った。
「あらっ、ユカちゃんじゃない!久しぶりね」
すぐにユカを呼ぶ男性の声が、追ってきた。
「ユカ!ひとりでいっちゃだめだ」
ユカを親しそうに抱き上げるナミを、テレサも男性も驚いて見ていた。
「その子、誰なの?」
テレサの問いに答えず、ナミはユカを抱いてくるくる回る。ユカは一層楽しそうな声で笑った。
「あの…いい加減、ユカを返してもらえませんか?」
ナミは、ユカを抱いたまま男性を見た。男性の抗議の言葉に、それでもユカを降ろさなかったのは、声の主が石嶋ではなかったからだ。
「私は、ユカちゃんの主治医の荒木と言います。失礼ですが、あなたはユカちゃんのパパではありませんよね」
ユカを抱いたまま疑わしそうな目で見られた男性は、不愉快な口調で言った。
「ユカのパパに頼まれて預かっているんです」
「そうですか…。ちなみにユカちゃんがパパをなんて呼んでいるか知ってますか?」
「ちょっと、ナミ。やめなさいよ。失礼でしょ」
なおも食い下がるナミをテレサがいさめる。しかし、ナミはいっこうにユカを降ろそうとしない。男性は、明らかに気分を害したようだった。
「先生が自分を誘拐犯と疑っていることはよくわかりました。ユカのパパの電話番号を言いますから、ご自身でご確認ください」
男性は石嶋の携帯電話の番号をナミに告げた。
「ええ、先生。彼の言う通りです。そいつは昔からの親友ですから、安心してください。ご心配かけてすみません」
電話を切った石嶋は、ナミからの電話を喜んだ。早速着信番号を登録する。思いがけないところでナミの携帯番号をゲットできた。いそいそと携帯電話をいじる石嶋に、希久美が声をかけた。
「おうちで何かあったんですか?」
「いえ、別にたいしたことありません」
今はユカのことを知られたくなかった石嶋は、電話の内容について口を濁し、急いで話題を変えた。
「ところで、青沼さんはすごいですね」
「何がですか?」
「今日のデートプランですよ」
「あら、女性の私が差し出がましかったかしら?いつもお任せするばかりで、申し訳なくて…」
「いや、映画、食事、散策、お茶と、一度も待つことなく、迷うこともなく。その場の思いつきで歩いていないことが、よくわかります」
「ツアーの企画旅行みたいで、詰め込み過ぎかしら?」
「とんでもない。それでいて流れに無理がなくて自然だから驚いているんです」
「どうも、先が見えないと不安な性分なんで…。可愛げがなくてごめんなさい」
「自分は、今日の青沼さんが可愛くないと、ひとことも言ってませんよ」
「私、可愛いですか?」
石嶋は、あけすけな希久美の突っ込みに、一瞬言葉を失った。
「そうは思っていても、まだお付き合いの浅い自分ですから…。青沼さんのように自立した女性を軽々しく可愛いと言うのは失礼な気がします」
「上手く逃げましたね。では、質問を変えます。どんな時に、女性を可愛いと思います?」
石嶋は、『可愛いい』という言葉に、ユカを連想した。ユカは今頃何をしているんだろう。泰佑のことだから、心配はないと思うが。
「やすらかな寝顔を、間近で見守っている時ですかね」
希久美は、石嶋の言葉に鳥取砂丘の遠い空を思い、胸に妙な高鳴りを覚えた。
一方、石嶋は自分の答えを聞いて黙ってしまった希久美を見て、自分の答えが彼女の期待にそえなかったのかと危ぶんだ。しかしそれでも、希久美との何度目かのデートで、ようやく艶のある会話に持ちこめたことが嬉しくもあった。
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