第30話
翌朝、フロントで泰佑と待ち合わせ、タクシーに乗り込んだものの、希久美はいつまでも見知らぬ道を走り続けるタクシーに心配になって聞いた。
「ねえ泰佑。このタクシー空港へ向かってるの?」
「いや…。朝一の便が取れなかったので、ちょっと寄り道することにした」
泰佑は車のシートに悠々と腰掛け、平然と答える。
「何を勝手なこと言ってるの!あたしは帰ってやらなくちゃいけないことが、いっぱいあるのよ」
騒ぎまくる希久美に構わず車はその進路を変えようとしない。希久美が航空便の空席確認をしようとバッグからとりだしたスマートフォンを、泰佑はやすやすと取り上げた。
「なんてことするの!返して!」
掴みかかる希久美に泰佑は抵抗もせず、しかし動こうともせず平然と構えていた。
「泰佑!私を拉致ってどうするつもり!」
希久美は10年前を思い出して怖くなった。やがて、タクシーが鳥取砂丘の入口に着くと、泰佑は希久美を無理やり降ろしタクシーを帰してしまう。
「あたしもう嫌!なんであんたとこんなところに来なきゃならないの?」
泰佑に悪態をついて、希久美は歩道にしゃがみ込む。それを見た泰佑は、今だとばかり希久美の足元に飛びついた。
「何するのよ!」
泰佑が、今度は希久美の靴を取り上げてしまったのだ。裸足になった希久美の悪態が一層激しくなる。
「靴返してほしければ、ここまでおいで」
靴を指先にぶら下げながら、泰佑は砂丘の奥へと進んでいく。追い掛けて靴を取り戻そうとする希久美。靴を奪い返される寸前のところで逃れる泰佑。やがてふたりは、砂丘の小高い丘にやってきた。
「もうお前なんか切ってやる。いい、今この場で靴を返さなかったら、本当にセクハラで訴えるから覚悟しろよ」
怒りも頂点に達した希久美が、最後通牒を泰佑に付きつけるが、彼は構いもせず、丘から遠い海を眺めている。
「いい風だなぁ…」
「馬鹿野郎!」
希久美は、ついに泰佑に殴りかかった。強く固めたこぶしで泰佑の胸板を強く叩くが、泰佑はびくともしない。泰佑のすねを蹴り上げるが、素足の蹴りは泰佑に何の効果もなかった。殴り、蹴り、やがて息も上がり、ついには足がもつれて、砂の上にへたり込む。あぁ、やばい。また涙が出そうだ。
「ああ?また泣くのか?」
「うるさいわね!」
「オキクも不思議なやつだなぁ。エロ部長のセクハラにはまったく動じないのに…」
確かに、最近なんでこんなに泣き虫になってしまったんだろう。この馬鹿野郎のせいだ。
希久美は泰佑を見上げた。何事もなかったように、目の上で手をかざし遠くを眺めている泰佑を見て、希久美は息を飲んだ。スーツを風になびかせて、青い空を背景した彼の凛とした立ち姿は、希久美に言葉を飲み込ませるに十分な力を持っていた。しばらくして、泰佑が口を開いた。
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