第26話

 ナミのいきつけのパスタの店へ向かう道では、ナミとユカは手をひと時も離さず歩いた。


 道すがら女性物の雑貨店を発見したナミは、パパにひとこと言ってユカと店に入っていった。パパは、店の外で待ちながらユカの様子を心配そうにのぞいていたが、彼女たちは、店の中で髪留めを選んでるようだった。ナミがユカの髪をまとめながら、様々な髪留めを試している。そんなふたりの姿を見ながら、パパは決して自分が入って行けない女の世界を感じていた。

 やがて、出てきたユカを見ると、髪に可愛いシュシュを付けていた。髪留めひとつでこんなにも女の子の印象が変わるのかと驚いた。


「はじめてユカちゃんと会った時から気になってたんです。髪をまとめるともっと可愛い女の子になるなって…」


 そういえば、ユカの髪をとくなんて思いもつかなかった。パパはそう思いながら、可愛くなったユカの後ろ姿を見守った。

 パスタの店では、ユカがよく喋った。ナミは聞き役と言うよりは、同じ世代の友達のようにおしゃべりした。パパは圧倒されながらふたりの会話に聞き入っていたが、たった5歳のユカにも好きな人、嫌いな人が居て、こんな悩みがあったのかと初めて知ることばかりだった。


「わかったわ、ユカちゃん。今度はパパとお話する番だから、ちょっと待っててね。さて、お待たせしました。ご質問はなんでしょうか?」

「えっ、ああ…お聞きしたいことは…すみません、忘れました」

「まあ、どういうことでしょう、ユカちゃんパパはもしかしらた認知症っていう難しい病気かしら。それともみんなでお食事したくて嘘ついたのかな…」


 キョトンとするユカの口に、ナミはフォークに絡めたパスタを運んだ。ナミの言葉に慌てたパパは盛んに言い訳をする。


「先生、すみません。そんなつもりはなかったんです」

「私の名前は先生ではありません。荒木ナミといいます」

「はい、荒木先生」

「私は、まだお名前をパパの口からお聞きしてませんが…」

「すみません。この子はユカ。私は石嶋隆浩と言います。それから、自分はユカのパパではありません。叔父です」

「はじめまして、ユカちゃん。私はナミ先生よ」


 名前を呼び合いながらふたりは、テーブルの上でハイタッチをした。


「ユカちゃんは。パパのことを何と呼ぶんですか?」

「くどいようですが、自分はユカのパパではありません。叔父です」

「はいはい、叔父さん。で、なんて呼ばれてるんですか?」

「…ヒロパパです」

「やっぱりパパじゃないですか。かっこつけちゃだめよね、ユカちゃん」


 そう言いながらナミが笑うと、ユカも笑った。やがて笑いもおさまると、ナミは笑顔で石嶋に向って言った。


「わたしもヒロパパってお呼びしてよろしいかしら?」

「その呼び方がお好きならどうぞ。ご勝手に」

「ヒロパパ、そのかわり私のことナミ先生って呼んでもかまわないですよ」


 その後のナミ達のテーブルでは、食事が終わっても3人の話しは弾んだ。ナミ先生、ユカちゃん、ヒロパパ。そう呼び合いながら食卓を囲むと、その席だけ別世界にあるような錯覚に陥る。ナミは、プチ・パレスのチイママの話しが、あながち嘘ではないなと感じていた。

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