第20話
テレサがみんなを24時に集合させて連れていった先は、プチ・パレスというクラブであった。
この店は、24時に開店し翌朝7時まで営業している、六本木でも老舗のニューハーフのクラブである。古めかしいビルの薄暗い階段を下り、分厚いドアを開けると、轟音にも等しい人々の話す声、笑う声に迎えられる。
目の前ではこの世とは思えない世界が広がっていた。テレサ達は思わず立ち止まって、エントランスからフロア全体を眺めた。小さなステージを持つグランドフロアは、20名前後のニューハーフと30名くらいの男性客でひしめいている。たいした天井高でないフロアに、ニューハーフの嬌声と客の笑い声が轟く様は、まさに阿鼻叫喚といったところか。ニューハーフはそれなりに美しく華やかであり、男性達にとっては、六本木の空間の裂け目に生まれた神秘的な楽園と思えないこともないだろうが、じつはここに居る50名がテレサ達を除いてすべて男性である事実を考えると、彼女たちにとっては地獄の様としか思えない。
「なんでこんなところ知ってるの?」
「前に業界の人に連れてきてもらったの」
希久美の問いに、平然を装うテレサが答える。実は、彼女も店に圧倒されて内心怯えていたのだ。自分の声がかき消されないように、テレサの耳元で両手でメガホンを作りナミが言った。
「本当にこんなところに専門家がいるの?」
「ちょっと!」
テレサが憮然として答えた。
「男であることを知られながら男に愛されるニューハーフを、専門家と言わずして誰を専門家と言うの?」
彼女達が席に着くと、やがてフロアスタッフにエスコートされ、けばけばしい羽根衣装に身をまとった痩せた中年のニューハーフがやってきた。フロアスタッフは、チイママの順子さんであると紹介した。席に着くなり、チイママは毒舌を吐き始める。
「家のトイレでウンチを出すのに苦労してる時から、今日はろくなことがないって気がしてたのよ」
「いきなりですか…」
「あんたたちモノホンでしょ。朝いちからおむつも取れてないモノホン客の席に着かなきゃならないなんて…。この世に男はいないの?」
「まっ、そんなこと言わずに、楽しく飲みましょうよ」
「あらやだ、嘘よぉ。お仕事だからいいのよぉ。仕方なく飲むわ」
希久美はみんなのグラスに酒を注ぎながら、チイママのご機嫌を取ってなんとか乾杯までこぎつけた。
乾杯を終えると早速まじめな口調で、ナミがチイママに問いかける。
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