Ⅶ-186 果報は寝て待て
「…行ったよ。もう始められる」
私は、転移で火山の頂上に現れる。
そして一言、目の前に居るオイナリサマに報告した。
「……とうとうですね。この島が、私たちのモノになります」
オイナリサマは無感動に告げる。
事実、この島の行く末なんてどうでも良いんだろうね。
放置すれば害になるかも知れないから、その可能性を元から絶っておくだけ。
「…ところで、まだ手順の方を聞いてないけど」
「問題ありません。全て私が執り行います」
「…そ、ならいいや」
オイナリサマは色々と問題だらけな神様だ。
だけど、力だけは本物。
そこは信用しちゃってもいい。
まあ、変なことをするようなら真っ先に止めるけどね。
「…始めましょうか、時間が勿体ありません」
口にした言葉はそれだけ。
本当に碌な説明なく本番にするつもりみたいだ。
歩き出した彼女の後ろに付いていき、私はそれとなく目的地を尋ねてみた。
「…具体的には、何処でするの?」
「候補は四つ。何処でも良いのですが…まあ、近いのは南ですね」
…へぇ、そういうこと。
私は火口に張られたフィルターを見下ろす。
確かに…これ程のモノを作れるなら申し分ないだろうね。
別の問題があって私は使わなかったけど……オイナリサマには、解決策があるのかな?
……本当に、隠し事の多い協力者って難儀だよね。
「”神のみぞ知る”……ってこと」
「…どうかしましたか?」
「別に、なんでもない」
神も未来も、祈りよう。
碌でもない願いだけはやめようと、心に誓った。
―――――――――
徒歩数分、同じく火山の頂。
朱雀を模したモニュメントが置かれる、火口の南側までやって来た。
彼女の言う通りなら、ここで作業が行われるらしい。
「ねえ、本当に何も教えてくれないの?」
「…しつこいですね、必要ですか?」
「せめてさ…何が目的かくらいは、言ってくれたって悪くないんじゃない?」
私がそう言うと、オイナリサマはこれ見よがしに溜め息をついた。
なるほど、彼女はよっぽど詮索がお嫌いらしい。
――知ったことか。
私は、何も分からないまま他人に――よりにもよってオイナリサマに――命運を任せるほど破滅的じゃないんだ。
せめて目的は聞かせてもらわなければ…おいそれと開始の号令を受け入れる気にはならない。
「…準備ですよ。より確実に成功させるため、エネルギー…つまりけものプラズムを大量に確保したいのです」
「そう、コレで出来るの?」
尋ねれば、首を振る。
「正確には、コレを使って作ります」
「……作る?」
示された正解は、如何ともしがたい奇妙なものだった。
「…いつまでそこに立ってるんですか」
…得心がいかずイマイチ呆然としていると、オイナリサマに手で追い払われた。
仕方ない。
彼女の言葉がどういう意味か、この目でしかと確かめよう。
オイナリサマを見ると、屈んでモニュメントに手を触れていた。
…何をする気?
「危ないので、巻き込まれないようにしてくださいね」
…あ、一応注意はしてくれるんだ。
じゃあ離れとこ。危なそうだし。
正直、まだ何するか予想ついてないんだよねぇ…
「………紅き……を…」
何かぶつぶつ呟いてるね。
断片的に聞く限り、何かを召喚しようとしてるのかな。
アレから喚び出すようなものなんて、私には一つしか考えられないけど……
「…っ!」
来た。
形容しがたき鳴き声だった。
鳥のようで、また竜のようで。
だけど姿を見れば、それは間違いなく…
「…スザク」
南方を守護する神。朱雀の霊体であった。
「もう、なんてもの呼んでくれてんのかな…っ!」
話に聞いた『守護けもの』、フレンズとしての朱雀の姿じゃない。
外の世界の童話でも目にするような、完全に鳥の姿をした朱雀。
真っ赤な身体から美しい羽を何枚も散らして、ソレは下界の神に向けて威嚇の声を炎に乗せて吹き付けた。
「相変わらず容赦がないですね、スザク。……いえ、こっちはただの霊獣でしたね」
オイナリサマは軽い動きで難なくその炎を躱し、冗談ともに付かない言葉をソレに向かって投げつける。
反応する訳ない。
私はそう思ったけど…意外にも朱雀は止まった。
首を傾げて、オイナリサマの言葉を逡巡しているかのような様子だ。
「へぇ、そうなるんだ…」
一応『守護けもの』のスザクとの繋がりもあるみたいだし、鳥頭の片隅にオイナリサマの姿でもあったのかな。
朱雀はオイナリサマを凝視し、ともすれば一気に口を開いて呑み込んで仕舞いそうな程に頭を近づける。
…なるほど、オイナリサマの目的が分かった気がする。
「私が判るのですか、スザク?」
オイナリサマの問いかけに、ソレは甲高い鳴き声で応えた。
やっぱりそうだ。
オイナリサマの目的は他でも無い説得。
守護けものとの繋がりを利用して、必要なエネルギーを工面してもらうつもりなんだ。
全部力任せに解決しちゃうかと思ったけど、オイナリサマも考えるものだね。
そんな風に私は……勘違いをした。
「…ふふ」
微笑み。
邪悪な笑い声。
私は戸惑った。
オイナリサマ……本当は何を…?
「捕まえました」
グラリ。
空が揺れた。
否、私の見間違いだ。
揺れたのは他でも無い、朱雀だ。
「……!?」
一番驚いたのは勿論朱雀。
当たり前だよね、ついさっきまで好意を向けられていた相手から突如攻撃を受けたんだから。
私は彼女の術式を解析する。
あれは……重力を操る妖術?
そっか。
だから朱雀もいきなり体勢を崩したし、攻撃される瞬間まで反応できなかったんだ。
「オイナリサマ、これで本当に良いの…!?」
「問題ありません、計画通りです」
……そっか、じゃあ言うことは無いね。
まあ別に、朱雀がどうなろうと構わないし。
あまりに突拍子もない行動だから驚いただけで、想定通りなら問題ない。
それよりも気になる。
オイナリサマは、一体どんな方法でエネルギーを朱雀から奪うんだろう…!?
「…さあ、参考にさせてもらわないと」
オイナリサマは私の予想を悉く裏切ってくれている。
厄介な神様だけど、今は結構ワクワクしてるんだ。
……次の一手をほら、早く見せてみてよ。
「喧しいですね、黙っていてください」
苦しみのあまり叫ぶ朱雀。
その鳴き声を鬱陶しがり、オイナリサマは掛ける重力を強めた。
『ギィアアアァァ……アァ………ァ…』
最初こそ更に大きな悲鳴を上げて抵抗していた朱雀だけど、段々とその鳴き声は力を失っていく。
やがて…数分もしないうちに、完全に黙りこくってしまった。
「……ふぅ、やっと静かになりましたか」
オイナリサマは飛んで、ぐったりと倒れ込む朱雀の胸の上に立つ。
そして右腕を体内に刺し込んだかと思うと……未だドクドクと脈動する、赤い心臓を右の手に携えて腕を朱雀の体から抜き去った。
「まさか…そういうこと…?」
とんでもない。
ああ、何という蛮行だろう。
そんな方法、私は思いつきもしなかった。
彼女もやはり、一人の神様だ。
ノリくんと同様、私たちとは存在の格が違う。
ノリくんだってきっと、本気になればこれくらいは簡単に出来るもんね。
「……結構、粘っこい感じにくっつくんですね」
背後で塵と化し儚く消えてゆく朱雀に一切目をくれることなく、彼女は手に持った”赤”を眺める。
そして何ということだろう。
段々と拍動に力を失くしていく心臓を……彼女はあろうことか、土の中に埋めてしまった!
「これで、後は時間を待つだけですね」
「あれ、もう終わりなの?」
「ええ、七日もすれば完全に準備が整うでしょうね」
うーん、七日か。一週間か…
まあそれだけの時間なら、奴らの準備も終わらないだろうね。
この程度のコストで確実な成功を収められるなら、それはもう安いものだよ。
ええと…もう本当にやること無いね。
「…なら、今日は解散で良い?」
「うーん……少しだけ、お話でもしていきませんか? 一応、
…どうしようかな。
自分の欲望に忠実になるなら……早く帰りたい。
だってしばらくお出掛け続きで、ノリくんと触れ合う時間が少なかったんだもん。
だけど情報交換も……別の意味では魅力的だな。
こんな機会、後にも先にも滅多にないはず。
「良いよ。少しだけ…ね?」
ノリくんに会いたい欲望を、私は好奇心で塗りつぶした。
「うふふ、ありがとうございます」
白々しいお礼には愛想笑いを。
わずかな時間ながら、彼女との会話からは幾つもの興味深い情報を得ることが出来た。
―――――――――
「……ん?」
オイナリサマとのお話も終わり、そろそろ帰ろうと立ち上がった時。
腰を浮かせようと突いた手に、覚えのない感触があった。
不思議に思って下を向く。
すると、信じられないものがあった。
「植物……こんな、火山の上に?」
鮮やかな緑に輝く雑草。
一本ならまだいい。
だけど草は、周囲一帯に広く生い茂っていた。
こんな場所に。
しかも、さっきまで唯の岩肌だったのに…
「これが…朱雀の心臓の力です」
「まさかコレが目的で…?」
「あちらを見てください」
オイナリサマの指差した先。
幻想的な緑。
立ち昇る虹と溶岩の横に広がるのどかな自然。
その中心に立つ、一本の木。
元気に伸びた枝葉の先には、まだ小さい果実が確かに形を付けていた。
「…すごいエネルギーを感じる」
「霊獣の恩恵を一身に受け育った樹木ですからね。まだまだ大きく天に伸び、沢山の果実を実らせますよ」
…ビックリ。
アレでまだ発展途上なんだ。
そして理解した、七日という時間の意味を。
「あの実が完全に熟するまでが、”七日”ってことなんだね…」
「その通りです」
オイナリサマ曰く――あの実が完熟すれば、桁外れのエネルギーを内包するようになるという。
恐ろしいな。
そんな”植物”の種まきを、たったの数十分で済ませちゃうなんて。
「……というか、結局教えてくれなかったね」
「あら、何をです?」
「目的の先。エネルギーを使って、何をするかってこと」
「焦らないでください、七日すれば分かりますから」
「…はいはい」
何ともつかない言葉でお茶を濁したオイナリサマの表情。
あれは疚しいことを隠してる顔じゃない。
そう……説明するのが面倒なだけだね、多分。
……はぁ。
じゃあ良いよ、引き下がる。
彼女の言う通り、その日になれば分かることだもん。
今無理に聞き出して機嫌を損ねるより、我慢して待ってた方が賢いよね。
…”この程度の手間も惜しいのか”って気持ちはあるけど。
「まあ、アレですよ」
「……アレ?」
オイナリサマは身振り手振り。
頭を抱えて、何か言葉を思い出そうとしている。
どうせ無駄にはなるけれど、これで最後だし一応聞いておくことにした。
「…あっ!」
「…思い出した?」
余程いい言葉なんだね。
自信が表情から本当によく分かるよ。
オイナリサマが口を開く。
私はその唇の動きに…空気の振動に、これ以上なく集中した。
そしてついに紡がれる神託。
「『果報は寝て待て』…そういうことです♪」
…………よし、帰ろう。
うふふ、久しぶりにノリくんとゆっくりできる。
そう考えると自然と足取りは軽やかになって、風船のように浮かれた気持ちはもう誰にも沈められない。
……今日は、ノリくんにうどんでも作ってあげたいなぁ。
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