第13話 想と「シケタイ」

 帝都大学の学生たちは、クラスごとに試験対策委員会、通称シケタイと呼ばれる制度を利用して、互いの試験対策を支援するらしい。


「想も、どれか一つ、必修科目のシケタイをやってくれないか?」


 とある講義の後、混雑する食堂に急いで向かおうとしていたところで、シケ長と呼ばれるシケタイのまとめ役が、僕に声をかけてきた。


 組織化された試験対策は、点数を取ることだけを目的としている。今の僕の学力を維持しさえすれば、そのようなものに頼らずとも、行きたい学科に行くことは十分可能だろう。


 つまり、僕にとっては、シケタイに参加することには何のメリットもない。


 大体、写真撮影された上にラインやワンドライブに共有された黒板の内容などや、試験の過去問に頼ってその場限りの知識を身につけても、それは定着しない。

 シケタイは、点数を相互的に取り合うための、俗悪な保険であり、僕はそのような制度には嫌悪感を感じる。


 まあ、官僚的で、よく組織化された制度かもしれないが、学問の本質を攫ってはいない。

 そんなものに頼るようでは、私立で遊んで過ごす学生と、4年後大した差はなくなってしまうだろう。


 何にせよ、僕はそのような制度に参加する気にはなれなかったし、当然僕自身が試験対策を作る気も起らなかった。


「悪いけど、僕はシケタイに頼る気はないから、シケタイの担当もする気はないね。自分の知識は、自分で身につけてなんぼだと思うし」


 だが、相手も仮にも帝大生である以上、一筋縄に下がったりはしない。


「うーん、それは困ったなあ。首席の君ならきっと優れたシケプリを作ってくれるはずだし、みんなそれに期待していたのに。

 それができないとなったら、結ちゃんの負担を増やすしかないかな」


 ここで結のことを引き合いに出して、僕の良心を疼かせようという気なのだろうか。何とも汚いやり口である。


「言っちゃ悪いけど、結もこの制度を必要とする学生じゃないし、そんなことをしたら降りるんじゃないかな。

 僕らは、それぞれ自分自身の目標を持っている。仮に教え合うとしても、僕ら二人で互いに高め合った方が、単なる点数稼ぎのための保険に参加するよりも、よほどためになると思うし」


 シケ長は、歯ぎしりしながら、言った。


「君はともかく、結ちゃんは違うんじゃないかな?」

「本人に直接訊いたのか?」

「彼女の出身校は、全国有数の実績のある共学校だからね。地方のお山の大将でしかない、君の出身とは違う。シケタイのことも、それなりには知っているはずだし、断りはしないと思う」


 駒場野公園の向こう側にある、帝大進学率日本一の常連校出身のシケ長は、嫌味ったらしく言う。

 そういえば、結は、一浪こそしているものの、高校は幕張にある有名私立だとか言ってたっけ。


 いずれにせよ、緑ヶ丘高校が、それらの学校と比べると地方のお山の大将なのは否定はできない。文字通り、山の上にある訳だし。


 だが、そのことと、生徒・学生個人の実力とは、全く別の話だ。今回の首席は、二人とも現役有名校出身という例年の定番から外れている。


 そのことが何を物語っているのか理解せず、ただその力にすがろうとするだけなら、このシケ長を中心としたシケタイ参加者たちは、到底知性の本来の高みには到達できないであろう。


 ともかく、僕は、結もそのような制度に頼るタイプだとは、思えなかった。あるいは、思いたくなかったのかもしれない。

 少なくとも、結の中に、普通の帝大生とは一線を画す何かがあると期待していたかったのだ。


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 私は、想がシケ長に絡まれているのを、何もできずに見ていた。


 個人的な話として、シケタイの必要性を見いだせないのは同感だったが、わざわざシケタイを離脱することは、クラスの中でのマイノリティの道を選ぶことに等しい。


 想が何を求めているにせよ、そして私が、彼とともに高め合いたいと思っているにせよ、そこまで思い切って行動する勇気は、まだなかった。


 だが、時の流れは、迷いを許してくれはしない。


「僕はそうは思わないけど」

「なら、ここで、はっきりさせようか?ちょうど結ちゃんもまだこの教室にいるみたいだし」


 想が、一瞬迷いの色を浮かべる。そして、私のいる方へと向いてきた。期待と、不安の入り混じったその眼差しは、私に決断を促す。


 シケ長が、こちらにやってくる。


「結ちゃん、君はあの頑固者の田舎っペとは違って、ちゃんとシケタイをやってくれるよね?」

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