第2話 愛とマックと世界史と
放課後になった。
残念ながら地方の進学校だと、都心の有名校のような名物教師もいないから、授業の話はしても仕方ないだろう。
それよりも、今日は愛とデートする予定なのだ。
まあ、所詮はマックだけど、大人じゃない僕ら高校生には、下手な高級フレンチレストランなんかよりもちょうどいい。
受験勉強にもなるし、一石二鳥だ。
僕は、正門で、わくわくしながら愛を待つ。
愛が、僕に気付いて小走りで近づいてくる。
「お待たせ、想。遅れてごめんね。ちょっと友達の数学教えてたから」
「愛は頭がいいもんな。うらやましいよ」
「はっきり言うけど、やる気を出せば想の方が絶対頭いいわ、私よりも」
「そうかな?」
「そうよ。だって、高校受験の頃は模試で全国三位だったこともあるんでしょ?」
「よく覚えているな」
「私の記憶力は、何よりもまず想のためのものだから」
「僕の心をとろけさせるつもりか?マックデートの時間が長引くだけだぞ?」
「そんなに素晴らしいご褒美はないわね」
そして、談笑しながら、坂道を下り、駅前のマックへとのんびり歩いていく。
バスで行ってもいいのだが、バスで10分ぐらいの距離だと、本数の関係上歩いてもあまり変わらないし、駅は僕らの家の方角だから、デートの時は、いつもこうして歩きながら話す。
その方が話せる時間も長くなるしね。
ああ、こんな楽しい日々がいつまでも続くのなら、僕は万年受験生でもいいかもしれない。
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マックにて、いつものセットのダブルチーズバーガーを頬張りながら、僕らはセンター世界史の過去問と睨めっこしていた。
「想ったら、バリバリの理系で文系はほとんど壊滅的なのに、どうしてよりによって暗記事項の多い世界史を選んだのかしら?」
「決まってるだろ?愛に教えてもらえるからさ。もともと僕らが共通で選択している社会の科目は世界史だけだったしね」
「私じゃなくて、先生に教えてもらいなさいよ。それが学校の目的なんだから」
「そう言うなって。実際、君もこうして僕と合法的にデートできるんだから、嬉しい限りだろう?」
「別に嬉しくなんかありませんよーだ」
「え?顔から笑みがこんなにも溢れんばかりなのに?」
「それはね、私がハーリー・クインだからよ」
「じゃあ僕はジョーカーかな」
「お生憎様。ジョーカーになるためには、あなたはもっと頭良くならなくちゃね」
「ホワイ・ソー・シリアス?」
「違うわ。こう言うのよ。Why so serious?」
「やっぱり帰国子女はできが違うなあ」
「そうかしら?とりあえず、英語はこれぐらいにして、この問題に戻りましょ」
「そうだな」
「まずは、時系列をおさらいしないとだめね。エリザベス女王がスペインのアルマダを破ったのは日本で言う安土桃山時代だから、16世紀の出来事よ。タージマハルの建造と、清教徒革命は17世紀。アメリカ独立戦争は18世紀。だから、16世紀の出来事を選ぶこの問題の正解は?」
「2番か」
「そうよ。それじゃあ、次は…」
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気付いたら、マックデートは、2時間ほどにまで伸びていた。いくらゆっくり食べていても、流石に残りのフライドポテトもコーラも尽きてしまう。
「そろそろ出るか」
「そうね。今日だけで、きっとあなたの世界史の偏差値は10は上がったわ」
「忘れなければね」
「あなたの私への愛は、その程度なのかしら?」
「これは忘れる訳にはいかなくなったな」
「ええ」
「とりあえず、今日はありがとな」
「いつものことでしょ?」
「まあな」
僕らは立ち上がり、残されたごみをゴミ箱に流し、トレイを所定の場所に戻す。
店を出て、僕らはしばらく夜道を歩く。
「今日はやけに寒いな」
「そうね。こんなに寒くなるんだったら、ちょっと温めてもらわなくちゃ」
人のいない夜道だった。だから、僕らは大胆になれたんだと思う。
僕らは、互いに重ねた唇を通じて、互いのぬくもりを交換し合った。
「これでいいかい?」
「ええ、大分温まったわ」
「そうか、良かったな」
「そうね。こんな日々が、いつまでも続けられますように!」
「急にどうした?」
「だって、想はまだE判定だから、頑張らないと、一緒の大学に入るのきついじゃないの。しかも、想のすべり止めは地元だし」
「…頑張らなくちゃな」
「まあ、このA判定の私が意地でも受からせてやるから、楽しみにしときなさい」
愛が、そう言って指導者然とした顔を作る。
僕は、そんな顔もかわいいなと思って、つい笑ってしまう。
「そうだな。期待してるよ」
そして、僕らはちょうど分かれ道まで来た。
「それじゃあ、また明日」
「ええ。楽しみにしているわ」
明日は、来なかった。
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