A.I.、あるいは、愛

如空

高校生編

愛との日々

第1話 愛と僕

「おはよう、想」


 家を出ると、いつも通り、愛が既に僕を待っていた。


「おはよう、愛」

「全く、想は、いつもギリギリまで出て来ないんだから。急がないと、バスに遅れるよ!」

「分かってるって。愛は先に行けば遅刻することもないのに、いつもこうして待っていてくれてありがとな」

「何よ、今日に限って急に?」

「あれ、いつも言ってなかったっけ?」


 僕はとぼけて見せる。愛が笑い、僕もつられて笑う。


「そうしていつも待ってくれている愛のためにも、バスに乗り遅れるわけにもいかないしな。バス停まで、競争しよっか?」

「いいわ。今日こそ負けないんだから」

「よく言った。僕は、君の挑戦を受けて立つぞ。それじゃ、よーい、ドン!」

「あ、待ってよ、それフライングじゃないかしら?」


 僕らは二人、笑い合いながら、バス停に向けて走っていく。


 僕がバス停に着いた時、ちょうどバスが曲がり角を曲がってやってくる。


「おーい、愛。バス来るぞー!」

「待ってよ、想ったら、またフライングして勝っちゃったのね」

「いや、愛がスタートかけても、結果は同じじゃん」

「仕方ないでしょ。レディーの扱いなど一切知らない野暮な田舎紳士気取りが、大人げなく本気出しちゃうんだもの」

「まあ、そう言うなって。今日は学校終わったらマックおごるからさ」

「本当?」

「現金な奴だな。でも、その代わりしっかり受験勉強教えてもらうからな?」

「任せて!」


 そんな風に言いながら、僕ら二人は、バスに乗る。


----


 15分ほど乗っていると、バスのアナウンスが言う。


「次は、緑ヶ丘高校前、緑ヶ丘高校前。お降りの方は、ブザーを押してください」


 僕が押す前に、愛がボタンを押す。


 入学したての頃は、運転手さんが口にして言っていて、ちょっと聞き取りづらかったアナウンス。今は、機械音声に変わっているのだが、人工的に合成されたものである故か、所々イントネーションがおかしいのが、微妙に頭に引っかかる。


 愛と付き合い始めたのは、そのアナウンスがちょうど機械音声に変わったころ、高校一年の文化祭の頃だった。


 あれからもう二年が経つ。幸せな日々が、このまま続いていけばいいな、とふと思う。


 バスが停車する。


「降りよっか」

「そうだな。今度は、正門まで…」

「競争ね。よーい、ドン!」

「あ、待てって」


 そして、僕らはバス停を降りて、正門へ向かう坂を駆けあがっていく。


 県内一の公立進学校である緑ヶ丘高校は、トップ校の名目にふさわしく、ちょっとした丘の上にそびえたっている。

 バス停は、その丘のふもとにあるので、このギリギリのバスに乗った僕らは、頂上まで一気に走らなければならないのだ。

 誇らしいイメージを持つ演出としては最高だが、登下校の手間を考えると、高校生にとっては最悪だ。


 噂では、全国トップクラスの有名高校のいくつかは、駅のすぐ近くにあるという。

 彼らの進学実績が高い一因は、登下校で無駄なエネルギーを消費しないからに違いない。


 と、そんなことを考えているうちに、僕らは正門にたどり着く。


「じゃあ、帰りもまたここで」

「いいわ。それにしても、やっぱりここでもあなたには勝てないのね」

「仕方ないだろ。生物学的な体力が男女では違うんだから」

「私は陸上部で、想はコンピューター部なのに、それでも覆せないほどの差なのね」

「小中学生の時だったら、結果は違ったかもな」

「そうね。じゃあ、楽しみにしてるわ。マックのおごり」

「ああ」


 僕らは、高二までは同じクラスだったが、高三で違うクラスになった。

 僕が理系に進み、愛が文系に進んだからだ。

 だが、僕らの志望校は同じで、聡明な愛は、文系科目は学年トップクラス、一部理系科目でも僕よりも成績がいいぐらいなので、理系がちょっとできて文系はからっきしな僕は、時々愛から勉強を教わっているのであった。

 文理が違えばセンター目的ぐらいにしかならないけど、それでもかなり助かっている。

 まあ、勉強目的じゃなければ、受験生はデートもままならないからね。


「でも、大学も、本当に一緒になれるといいんだけど…」


 僕とは違う方向に走っていく愛の後ろ姿と、でかでかとEと書かれた文字が見えるバッグの中とを見比べて、僕は、ふと思うのだった。

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