『壮大な』寄り道

ノメ エトリ

彼が軍人への道を外れた理由


僕は軍人になりたいと小学校の作文に書いた。親に大層、褒められ、先生や同級生にもやってやれと後押しされた。漠然と僕は軍人になるんだと、それだけ考え、小学校卒業と同時に軍学校へ入学した。


志、力、頭全てのセンスが集結する最高峰。

僕は圧倒された。でも、僕も負けてない。

僕もきっと軍人になる。

みんなと一緒になるんだ。


軍学校のシステムは、実戦、座学全ての総合計でランキングが随時つく。僕は中間当たるを上下した。悪くはない成績だ。

上官も下士官になるコースもこなして、専門科目を一つ選択。他に部活動もある。それらをこなせば自由な時間などない。

仕方がない。人を星を守る仕事なのだ。

自分の時間は犠牲になって当たり前だ。


僕のクラスメートには主人公と呼ばれた男子がいた。彼は誰もが憧れるカリスマ性、魅力があった。僕は彼の親友だった。彼は理想を僕によく語る。


「俺が絶対、軍人になる。世の中を変えるような軍人になるよ。お前は副隊長をしてくれよ。俺はそれじゃなきゃ、嫌なんだよ。

絶対、いいコンビになるさ。間違いない」


屈託のない笑顔。彼が軍に入れば、間違いなく、歴史に名を刻む素晴らしい戦績を残すだろう。


僕もそのそばで支えながら軍人をするのだ。

見てきたかのように浮かぶ未来。

間違いのない、決まった未来。

僕は、何も疑わなかった。


軍学校の生活にも慣れて来た矢先、

主人公が学校を休んだ。僕は驚いた。一つでも休めば全ての工程で周りに差をつけられる。

体調管理も一貫だ。何かあったのだろうか。

僕は心配になり、彼に連絡を取った。しかし、返信がない。いよいよ事だ。寮の部屋を訪ねようか。でももう遅いから、迷惑かな。

体調不良なら余計な世話をする方が返って彼にためにならないような気がした。


結局、僕は気もそぞろのまま明日の予習と復習を済ませ、とこについた。

妙な胸騒ぎがずっと僕の就寝を邪魔していた。


翌朝、主人公は姿を現した。

しかし、僕は別人が彼の席に座っているのではと疑ったのだ。それほど彼は覇気を失っていた。

らしくない表情。僕は恐る恐る声をかけた。

顔を上げた彼だが、僕を認識するのに時間を有したらしい。少し間があって「あぁ」とだけ言った。


「どうしたんだ。休むだなんて珍しい事を…どこか悪いのか?」

「…いや、体調はいいよ。まぁ、体の面ではな」


意味を測りかねてさらに問おうとした時、講義が始まった。僕らは昼休みまで口を聞けなかった。


昼になり、食堂に半ば主人公を引っ張っていくような感じで誘い、話の続きをせがんだ。別に途中というわけでもなかったが、そうなのかと納得できる終わりでもなかった。

胸騒ぎが再発した。


「………」


長い沈黙が落ちて来た。僕は少し気まずくて、行き交う人をジロジロ見ていた。今日は人が少ないような気がした。でもいつもどおり、賑やかな食堂だった。


「死んだんだ、父さんが」

ジロジロと動いていた僕の目は突然やぶられた沈黙の破片に驚いて、主人公をばっと見据えた。よく、周りの雑踏がかき消えたというような表現があるが、まさに僕の周囲は主人公の声しか聞こえない。

震えた、小さな声。


「……父さんて、軍人の?」

「そう、だ。俺、いつも、父さんみたいくなりたくて頑張って来たんだ。でも、昨日…遠征先で急な襲撃にあって、死んだって知らせがあって」


俯いて震える声を必死に導きながら、彼は懸命に僕に話を聞かせてくれた。主人公とは親友だ。なぜ軍人を目指すか、という話にならないわけがない。嬉々として父さんの背中を追って来たと話す彼の姿を何度も見た。

折れそうな心が現れれば、父さんはこんなところでへばらないさ。とさらに力強い歩みを見せて来た。

彼のすべてなのだ。父親という存在は。


気がつくと、机が濡れていた。

彼が泣いているのだ。愛する目標を失うとはどんな気分か。僕には想像できなかった。ただただグッと縮まる心のような場所が痛くなるだけだ。僕と彼は俯いて、音がなくなってしまった食堂に、ずっといたのだった。



彼は間も無く、軍人になることをやめた。

当然とまでは言えないが、彼には目標を立て直す気力がもうなかったのだ。

そうして気がついた。僕も、目標を失ったのだと。


「俺、母さんも弟も妹もいるし、ばあちゃんのことも気になるしさ…軍人はやめるよ。

科学者とか、医療関係の仕事でも十分、星に貢献できるだろ? 命がなくなったら、誰かが悲しむんだ。俺も悲しい。そんなの、星すくっても、残った家族は救われないから」

「…そうだね。」


僕は悶々と考えた。僕は彼を美化していたのかもしれない。確かにカリスマ性はあった。先生も惜しんでいたし、学生も残念がっているものが大半だ。しかし、彼は存外普通の青年だった。

目標を失った悲しみ、家族への想い、それらを改めて鑑み、ヒーローという存在はやはり幻想で、危険だと、自分は普通であると認めたのだ。


そうしてしまうと、僕もやはり普通の人間だ。やれば何かできてしまう人種じゃないのだ。

よく考えなければ、後で悔いを残す。

僕は本当に軍人になるのか?

疑わなかった箇所にメスを入れる。

解体して、よく見れば、中身はカラカラと音のするだけだった。


気力でその空っぽは埋まらない。僕は気力でやって来たわけじゃないのだ。


僕は軍学校を卒業するだろう。

だけれども、軍人にはなれない。


星を守る大役は、大役から人を選びに来る。人は気づけばその役にいるのだ。つまずこうが、何だろうが、役が引き寄せて来る。

茨の道でも容赦ない引きに、人は任せるしかない。

僕は気がついてしまった。役は僕を呼んでないのだ。僕はもっと違うことをする。劇的でなく、家族の元へふつうに帰ることができる仕事…



諦めた、意気地なしと誰かが言うだろうが、

僕たちは真剣に考え、この答えを出した。闇雲な選択はいつか後悔するのだから。

僕は、治安維持を専門とする組織保安部の募集に応募し、軍学校出身ということですんなりと保安部に就職した。

重ければ殺人やテロの捜査、絶えない人の起こす犯罪を取り締まる保安部。

妥協点として最良の選択だと思う。



僕はそれを家族にゆるりと話したことがあった。娘は元気な子で、いつもいつも僕の昔話を聞きたがり、母親の料理を食べながら、楽しそうにしているのだった。


「僕はね、その人の選択には何も間違いなどないと思うかわりに、正解もないと思うんだよね。つまりはみんな「良い」のさ」

「じゃあ、「ふぇむ」がぐんじんさんになりたいのもいいこと?」

「……そうだね。それも「ふぇむ」が進みたいと本気で願うのなら、正しいことなのさ」


娘は一度、現役軍人に助けられたことがあった。僕よりも若い雰囲気の、ちょっと冷たい目をした子だったが、実力はありそうで、実際、敵を圧倒して、その場を収めた。

その人に憧れたのもあるだろう。女の子なのに変わった子だな。


でも、もしかしたら、

僕は思いの外、「楽しそうに」昔話をしたのかもしれない。彼女はそれを、僕の後悔と受け取っていたら、代わりを務めようと考えても不思議じゃない。

優しい子だから。


昔話の締めくくり、彼女が軍学校へ行くことになった時に聞いた。

なぜ、軍人になりたいの。


彼女は「楽しそうだしかっこいいから」といい、その後「お父さんが、描いた夢がとても輝いていて、私もそのキラキラした夢を抱きたくなったんだよねーんへへー」と言った。

彼女の道。それは険しいだろう。でもそれを、多分、僕はちゃんと教えた。それ以上に星を守るという大役への道のやりがいも教えていたのかな。


代わりに叶える夢など結局誰のものでもないのだ。彼女は僕と「同じ夢」を持った。

それは彼女の選択。僕とは違う同じ夢の選択。

きっと、僕のとは違う光度の、キラキラと輝く夢だろう。


いってらっしゃい、フェムト。

お父さんは家で、君の帰りを待ってるよ。



終わり

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