第一話 ふわふわもこもこ

異様に硬いパンを少しづつ齧りながら、ハーブティーで流しこむ。ハーブの香りが心地いい。パンは母のお手製でハーブティーはこの町の特産品だ。

 身支度は昨日、終わらせた。地図、大きいナイフ、干し肉、水筒、寝袋、予備の靴、洗面用具、レオンハルト著のサバイバルガイドをバックパックに詰めこんだ。

 丈夫な皮が所々に使われている冒険用の服は、すぐにでも着て行けるよう吊るしてある。

 見送り用に用意した、普段より少し女の子らしい服に袖を通している今も、気分はすでに冒険者だ。

 鏡を見ると、顔がにやけてしまっている。

 高めのポニーテールを、いつもよりきつく結んだ。

 鏡の中の自分は、先祖譲りの異世界人らしい黒い髪。髪色よりも遺伝するなら何でもいいからスキルを遺伝させて欲しかった。

 異世界人みたいな名前と髪色、私を知らない人は大体、異世界人だと思うだろうけど、実際はこの世界生まれの無能力者。

 それでも今日から冒険者だ。

 私の友人で異世界人、ヒノ・ユウト、転生者、エルネスト・フーリエ。彼等の旅立ちを祝ってあげる気持ちにもなってくる。

 鼻歌を歌いながら、外へ出る。


 気持ち良いぐらい真っ青な空。空には雲一つ無い、青一面のキャンパス。これから彩られていく、私の冒険を祝福するような素晴らしい空だ。

 町の出入口に向かう途中、私の目の前に、丸っこい雲のようなものがふわりと浮かんでいた。

「なにこれ」

 思わずひとりごちた。

 雲みたいな物体はふわふわもこもこで、とても柔らかそう。触ってみたい。

 指先で突くと押された方向にゆらゆらと流されていく。逃がさないように両手を広げて捕まえる。

 私の頭より、ふた回りは大きいふわふわもこもこした物体は、滑らかな肌触りで、上質な絹のよう。その上、ふわふわ。もこもこ。良い香り。ずっと抱きしめていられる。

 気付けば私が抱いていたはずが、体全身がふわふわもこもこに包まれていた。体積は私を包める程無かったのに。

 不味いかも。

 そう思った時には遅かった。捕食する生物であれば、あとは消化する段階だろう。もがいても、ふわふわもこもこから抜け出せるどころか、絡みつきどんどん暖かく包まれていく。

 優しく、安心してと語りかけてくるように。後は為すがままの状況だった。


  「『まものつかい』を覚えた。」

 頭の中にはっきりと、メッセージが出た。

 私の決意を馬鹿にするようなスキル取得。しかも、よりによって『まものつかい』?

 祝福どころか呪いじゃないか?

 [まもの]を使役するなんて、国家が許さない。

 無能力者から『まものつかい』になった私。

 スキルを得た喜び?

 理不尽への怒り?

『まものつかい』スキルへの不満?

 なんで今更スキルなんか。

 

 感情は複雑に絡み合ってる。


 呆然としていた。気付けば、ふわふわもこもこは、私から離れてこちらを見ていた。

 ふたつのつぶらな瞳で、小さいお口、ほんわり赤いほっぺまである。

 ふわふわもこもこが先程まで無かった顔で確かにこちらを見ている。

 何となく心配そうな顔をしている気がする。

 

「あなたは、何?」

 

 ふわふわもこもこは、ふわりと私の頭に乗ってきた。

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