もう片時

夕暮れの街 ◇

 何が起こったのか、わからなかった。

 目に映る景色。

 周囲の音。

 空気の温度。

 それらすべてが、一瞬にして、今の今まで周りにあったものとは別のものに変わっていた。


 同時に、心臓が大きく動悸を打って、全身へ脈が広がる感覚と共に、首筋に激しい痛みが走った。

 目眩に襲われる。

 痛みと目眩に耐えきれず、男はよろけて膝を崩し、固い床に手の平を突いた。

 リノリウムの床。


 男は、目眩を振りきって視線を上げる。

 建物の中だ。

 白衣の男と女が、こちらに気づいて近づいてくる。


 ――ここは、病院? 病院の廊下か?


「――どうして」


 自分は確か、公園広場で。

 それなのに。

 いつの間に、どうやって、病院まで。

 意識が途切れた覚えもないのに。

 一瞬、視界が霞みはしたが――。


 夕暮れの公園広場。

 自分たちを襲った通り魔。

 構えられたナイフ。

 耳元で空を切る音と風。

 肉の中に残る冷たい刃の感触。


 それらは、夢でも幻でもないはずなのに。



 ――いっしょにいた妻は、どうなった?



 男は背後を振り向こうとしたが、首の痛みに邪魔され、それは叶わない。

 喉の奥で呻きながら、男は、ゆっくりと、自分の首筋に手を触れた。


 指先に感じる不自然な凹凸。

 皮膚を縫い合わせた糸の感触が、そこにはあった。


 それがなぜなのか、男には、わかるはずもなかった。

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