二学期の恋人
@hiroma01
第1話前編
彼は別にイジメを受けているわけではなかった。
ただ周りとは趣味が合わないため距離を置かれていた。
その趣味を<気持ちが悪い>と思う人間も少なくはない。
それでも彼は自分の趣味を大切にしていた。
夏休みが終わり二学期が始まった。
全校集会が終わり、あとはホームルームだけで本日のお勤めは終わりとなる。
成田高校一年三組の教室ではそれぞれが夏休みに何をしたかで盛り上がっていた。
その中でも特に目立つグループ。
「んでビンタしてやったんよ~」
「それマジウケるっ!」
「その男キモ」
髪を染め、大量のピアスを開け自分好みにコーディネートした制服。
学校でも超問題児として有名なギャル三人組。
悪名高い三田、安本、浅木といえば知らない者はいない。
タバコ、カツアゲ、夜遊び、いろんな噂が飛び回っている。
静かに席に座っていた彼はふと彼女達の方を見てしまった。
「あ?おい佐々木何見てんだよコラ」
黄色い髪をした女子、三田結城(みたゆうき)が机を蹴って彼のもとへと歩いていく。
佐々木と呼ばれた少年はすぐさま視線を離して下を向く。
「うわ…キモっ、何その雑誌」
彼が読んでいたのは美少女系のイラストが描かれたものだった。
佐々木正志(ささきまさし)、簡単に言えば彼はそういった系を好むオタクなのだ。
ギャルゲー、同人誌etc…、間違いなく彼女達とは縁のない趣味だろう。
「え…、すいません」
何も悪いことはしていないが、背が低くて大人しい彼にすれば彼女の言葉は一種の暴力にも感じてしまう。
「佐々木ぃキモイぞ~」
「キモオタ~」
「ぎゃははは」
本を落とされ、女子に頭を叩かれる。
誰も口を挟まない、助けようともしない。
だけど彼はそんな周囲を恨んだりはしなかった。
きっと彼自身が周りと同じ立場だったらやはり何もできないのだから。
気持ち悪がられてもやめるつもりはない。
同じ趣味を持った友人もいる。
だから彼はこうしてグッと堪えて我慢ができるのだ。
翌日。
授業が再開し、いつもと変わらない日常が始まった。
正志はいつも通り休み時間に何度も読み返した雑誌を広げていた。
「おい佐々木、お前彼女いんのか?」
「…え?」
ふいに話しかけてきたのは昨日彼の頭を叩いた三田だった。
「いんのか、って聞いてんだよ」
「…い、いませんけど」
「だろうな、あはは!」
笑いものにされるのは慣れていた。
彼は苦笑いを浮かべて休み時間が終わるのをじっと待つ。
「ならよ、私と付き合えよ、これ強制な」
「…はい?」
どこかに付き合えっていうベタな内容ではないだろう。
その意味が恋人同士だということを理解するのには時間がかかった。
ありえない。
正志はクラスでも目立たないただのオタク。
長い髪を黄色に染め、大量のピアスを着けた結城とは正反対の存在なのだ。
「ウチら昨日カラオケで点数競い合ってよ~」
彼の肩に腕を乗せてきた浅木。
「んで結城が負けたからそのバツゲーム」
正面に立って威圧するような眼で彼を見下ろす安本。
「…でも、俺なんかとじゃ…」
「テメェ何マジになってんだよキモイ、今学期だけだよバーカ」
二学期の間だけ、キモイ佐々木の彼女になるというバツゲーム。
そんな扱いをされてもやはり彼は何も反論はできなかった。
そもそも正志に拒否権など与えてもらえない。
「…あ、はい、わかりました」
「マジウケる、ちゃんと彼女やれよ結城」
全くウケる要素のない内容に浅木は腹を抱えて笑った。
「さっそく今日一緒に帰れよ」
「…わーってるよ、マジ最悪」
二学期だけ、今学期だけ我慢すればいいだけの話。
晒し者となっている正志は生まれて初めて彼女ができた。
「おい佐々木、お前待てよ」
彼は靴を履き替えて校門へ向かおうとしたところを結城に止められる。
冗談だと思っていたが、あのやりとりは現実となっているようだ。
「マジ最悪」
隣で歩く結城の台詞は悪意しか感じ取れなかった。
こんなやつの彼女をして、こんなやつと帰らないといけない自分を嘆いているのだろう。
「もう皆さんいませんし、一緒に帰らなくてもいいのでは…」
「あぁ?約束破ったらめんどうなんだよ」
遂行させなければ仲が崩れてしまうとでもいうのだろうか。
「お前真っ直ぐ帰るんだろ?」
「…いえ、買い物に」
「はぁ?ウゼェ、またオタク系の買うのかよ」
「晩御飯のオカズを…」
「ぎゃはは!何それダッセェ!!」
反論もできず彼はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
帰りや休日は正志に付き合うことになっている結城。
嘘を付けばいいのに結構律儀な性格をしているのかもしれない。
「まさか飯お前が作ってるとは言わねぇよな?」
「…あはは」
「マジかよ!家事すんのかよ、キモッ!!」
キモイというワードを本日何回言われただろうか。
慣れたくない言葉に慣れてしまった彼であった。
メモにとっていた材料を買い、二人は駅の方へと歩いていた。
食材コーナーにいた彼女は少し場違いに見えた。
「今日はカレーか」
「肉じゃがです」
「…女子力高すぎてマジ引くわ」
その前にカゴに入れていた食材でわからなかったのだろうか。
「んじゃアタシ電車」
「あ、はい」
電車通学の結城とは違い、正志の家はここから歩いて帰れる場所。
ゆっくりと頭を下げてその場を去ろうとする。
「あ、おい佐々木」
「はい、なんですか?」
「とりあえずアンタの恋人はするけどよ、アタシに手出してきたら殺すぞ」
「…出しませんよ」
ではなく出せない、が正解である。
大きくため息を付いて改札を過ぎていく結城。
偽の恋人よりもたちの悪いバツゲーム彼氏。
友人にメッセージで、しばらく自分に近づかない方がいいと送っておいた。
じゃないと友達まで巻き込んでしまう。
正志は夕焼けの空を見ながら今の自分の立場を呟いた。
―――バツゲームの景品、か。
学校では昼食を一緒にとったり、下校も一緒に行動することとなった。
浅木と安本が遠くから大笑いしながら動画を撮っていたりで周囲からも笑いものとなっていた。
三田結城がキモオタと一緒にいる、というネタだった。
「んで買い物って何買うんだよ、また食材か?」
人の少ない土曜の電車の中、扉の前でスマホをいじりながら結城は彼に問う。
「あ…今日は秋葉原に」
「…は?」
正志が秋葉原に行く用事なんて一つしかないのだ。
彼女もまたその場所がどういったところなのかは把握しているだろう。
「お前ふざけんなよ、何でアタシがそんなとこに行かなきゃいけねーんだよ!」
「えっと…今日発売のゲームがありまして」
「しらねぇよキモオタが!」
教室ではいいが、さすがに電車の中でそのワードはやめてほしい正志であった。
駅を出るといつもは堂々としている結城が少し挙動不審に見えた。
場違いというより、この世界を知らないからだ。
「こちらです」
「お前、ここでは堂々としてんな…」
自分と同じ趣味を持った人が沢山いると思うと安心できるのだ。
「どうぞ~」
猫耳メイド姿の女性からチラシを受け取る結城。
足を止めてじっと一枚の紙切れを見つめていた。
「メイド喫茶かよ、すげぇ」
「…行ってみますか?」
「マジかよ!行こうぜ、ネタになる!」
趣味や内容より、興味本位が上回りテンションが上がる結城。
どんな人間でも一度は足を踏み入れてみたい場所なのだ。
「…破壊力すげぇ」
メイド喫茶から出た途端その場に座り込む結城。
入店した時にお嬢様と呼ばれた時点で彼女は呆気に取られていたのだ。
「周りのオタ共もキモすぎだろ…」
「…はは」
「お前何で平気なんだよ、マジキモイわ…」
実のところ、彼は友人を連れてこういった店に何度か足を踏み入れている。
「あんな格好して恥ずかしくねーのかよ」
「三田さんも似合いそうですが…」
「キモイ、殺すぞ」
オシャレには相当気を使っている結城がメイド衣装を着れば人気が出るのではないか。
そしてこの性格を好む男性からすればご褒美間違いなしだ。
「つーか、買うもんさっさと買えよ、どこの店だよ」
「…あ、すみません、ここです」
「…マジかよ」
目的の場所、その店の入り口に張られている大量の二次元美少女ポスター。
この店で予約すればいい特典がもらえるのだ。
金髪ギャルは店前で口を開けて佇んでいた。
「あ、あの…嫌でしたら待ってますか?」
「…あ?アタシがビビッてるみたいじゃんか、余計なお世話だ」
別にこういった店に入れなくても度胸がないとは言われないだろう。
後ろで付いてくる結城はいつもよりも少し近めに感じた。
「佐々木、ここらへんのは小説なのか?」
「あ、はいそうですよ」
「マジか、小説って何かこうめんどくさいイメージだったわ」
「結構読みやすいですよ」
自分が持っているラノベの小説を一冊棚から取り出す。
「なんか思ったりキレイな絵だな」
「絵もすごいですが、内容もいいんですよっ」
「キモイ」
「…あ、ごめんなさい」
結城は正志の手に持っていた小説を奪い取って表紙と裏表紙を交互に見ていた。
「あの…よかったら買いますよ?」
「は?」
「今日付き合ってくれたお礼です」
「ブランドもんをくれるわかりやすい男は何人もいたが…」
もう見慣れてしまった彼女の引いた表情。
またバカにするような言葉を吐かれると身構えていた正志だが、
「んじゃお言葉に甘えて」
「…え?」
「もらうもんはもらっとかねーと損だろ」
「あ、はいっ」
彼女から小説本を受け取ってレジへと駆け出していく。
読まないにしろ自分の趣味を受け取ってもらえることが嬉しかった。
「佐々木、お前明日はどうすんだよ」
「明日は…用事ないので家にいようかと」
「アタシは明日浅木らとボーリングだから」
「そうですか」
「お前今ほっとしただろ」
慌てて大きく首を横に振る。
きっと今日あった出来事もネタになって笑いものになるのだろう。
慣れたくないものに慣れてしまった彼は、反抗もせず愛想を振りまくだけなのだ。
我慢していればいつかは終わるのだ。
止まない雨がないように。
顔の位置下斜め45°で歩くのが彼の日常になっている。
それでも誰にもぶつからずに行動できるのが彼の特技。
その日は違っていた。
考え事をしてしまっていたせいか、上級生の男子とぶつかってしまった。
必死で頭を下げたが、その相手は運も悪く不良といわれる生徒だった。
「すみませんっ…自分の不注意です、すみません」
「うわ…最悪、マジきもい」
ネクタイの色からして3年生のその男子生徒は正志がぶつかった箇所を念入りに叩いている。
汚い物扱いをされてもなお彼は頭を下げた。
「おいこら、ふざけんなよチビ」
「あっ、えっと、ごごごめんなさい」
はるかに身長差が大きく、胸倉を掴まれた彼は背伸びをする形になっていた。
暴力反対と言いたかったが、おそらくそのワードは火に油だろう。
「佐々木、お前何やってんだよ」
男子生徒の後ろから聞こえてきたのは結城の声だった。
「おう三田か」
「誰よアンタ」
胸倉を掴んでいる男は彼女を知っているようだった。
「何、お前コイツの知り合い?」
「彼氏だけど」
「…はぁ?」
こんなガラの悪そうな上級生に対して彼女は全く動じていない。
「お前、嘘だろ?噂マジなのかよ、ありえねぇだろ」
「言っとくけど、アタシから見たらアンタもたいがいよ」
「あぁっ、なめてんのか!?」
「さっさと消えろ」
気が付くと正志は男から解放されていた。
男子生徒と女子生徒が睨み合っている、周囲もざわめき始めていた。
「高校三年にして停学になりたい?」
「…ぐ、このアマ」
この状況だともう時期教師がやってくるだろう。
大事にしたくないのか男は正志の肩を押しのけて去っていく。
足の震えを沈めようと大きく深呼吸をする。
もしもここで彼女が現れなかったら間違いなく一発はもらっていただろう。
「…すみません、三田さ…」
「おいコラ佐々木」
「え?あっはい…っ」
再び胸倉を掴まれる。
「見ててイライラすんだよ、このヘタレが」
「…ごごごめんなさい」
「今日放課後付き合え、鍛えてやる」
「はははい…っ」
期間限定の恋人は見た目通り怖かった。
「マジか…、バットの持ち方を知らない男子っているのかよ…」
とあるバッティングセンターにて。
正志は店内のベンチで息を切らして座り込んでいた。
「はぁ…はぁ、すみません、自分体育会系ではないので…」
「見たらわかるわ、このキモオタが」
ボールが当たるか当たらないかの問題ではなく、彼はバットすらまともに振れなかった。
体育などで経験はあるが、誰も何も言わないため持ち方すらわかっていないのだ。
「もっかい持ってみろ」
「あ、はい」
「手ぇ逆だ、バーカ」
「こうですか?」
「そう、んで腰を少し落として構えてみ」
言われた通りにして彼はバットを握り締める。
腰をゆっくり下ろして野球中継で見た光景を思い出しながらポーズをとる。
「…ぶははは!似合わねぇ!」
「えっと、違ってましたか?」
「んく…ふふ…あってはいるんだが…」
苦しそうにお腹に手を当てる結城。
「キモオタにバットって…わはははは!!」
「わ、笑いすぎです」
短いスカートだということを気にもせず、足をバタバタさせて大笑いしている。
近くに立てかけてあった鏡のもとへ歩み寄り再度同じポーズをとる。
「く…あははっ」
思わず自分でも笑ってしまうほど情けなかった。
「三田さん」
もう一度結城のもとへと戻り、バットを構える。
「やめ、ふはは、やめ、やめろ…っ腹痛いっ!」
「あははっ!」
ただそんな些細なことで腹を抱えて大笑いする二人。
周囲から注目を浴びてもなお彼らは笑い続けた。
「あ、おい佐々木」
「はい?」
帰り道、駅方面へと歩いていると結城が何かを思い出したかのように呟いた。
「小説読んだぞ」
「本当ですか!?早いですね!」
「読み始めたら止まんなくてよ、ってか声でかくてキモイ」
「あ…すみません」
正志は自分の好きな趣味のこととなるとテンションが上がってしまう癖がある。
「思ったよりおもしろかった、あれ結局最後二人はくっついたのか?」
「あ、そこは読者の想像にまかせる形なんだと思いますよ」
「マジかよ、モヤモヤすんな」
「そうだ、同じ作者の人の作品でおすすめありますよ」
「…へぇ」
いつもよりも口数の増えている正志に圧倒される結城。
「…あ、すみません」
「お前さ、そうやってすぐ謝るのやめろ、ウザイ」
「す、すみ…あ、はい」
「んじゃ、それ借りるわ」
「本当ですかっ、明日何冊か学校に持ってきますね!」
「いやだからそのテンションきもい」
「すみ…ごめ…わかりました」
「意味わかんねーしっ」
笑いながら強く正志の背中を叩く結城。
少しでも自分の趣味を理解してくれたことが正志にとってはすごく嬉しいことだった。
別れを告げ、結城は電車に乗り、正志は徒歩で自宅へ向かう。
帰宅途中、二人は同じ空を見上げて同じ事を考えていた。
腹を抱えて笑ったのはいつぶりだろうか、と。
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