背中を押される
なんだこれ。
もう一度言おう、なんだこれ。
私の聖剣が突然輝き出したと思えば目の前に筋骨隆々な男の人が現れた。
そしてそのままその男の人は私の両脇を抱えて私を持ち上げているという状況である。
「エマちゃん!」
ノブナガ君とリュカがガルシア王の友人である水竜──シー君に乗ってこちらに向かってくる。
泡魔法の結界の中に入ってきた二人も私を抱える大男にポカンとしていた。
「がっはっはっは! よくやったな小娘! エマだったか? 最初はうじうじして神殿から摘まみだしてやろうかと思ったが……ヒュドラの首を派手にぶった切ったところは見事であった! しかもあの天井の石像を利用するとは……!」
そう豪快に笑う男を私は凝視した。
まさかこの人……!
「──だ、だだ、大天使ラファエル様!?」
「うむ!」
得意げに頷く彼に私は口が塞がらない。
というか、神殿の前にあった像とはあんまり似ていないような……主に体格が!
「あの、ラファエル様……なんだか随分、神殿の前にあった像とは違うんですね」
「あぁ、あれは鍛える前の儂よ。昔はミカエルみたいにひょろっちい身体だったんだが今ではホレ、こんなに逞しいだろう? がっはっはっは!」
「なにがひょろっちいだよ!」
見るとミカ君が私の肩の上でぷんぷんと頬を膨らませている。聖剣から元の姿に戻ったようだ。
「僕は男性的でもなく女性的でもない美しさを保つ必要があったんだ。大天使に性別なんて必要ないんだから!」
「ふん。所詮負け犬の遠吠えというやつよなぁ」
ミカ君と言い争いを始めるラファエル様を見ていると本当にこの人が大天使なのだと理解した。
しかしいい加減下ろしてくれないかな。
私のそんな視線に気づいたのかラファエル様は「すまんすまん」と私をやっと地面に下ろしてくれた。
「ようやくお主らも一段落ついたようなのでそろそろ現れてやってもいいかと思ってな。あぁ、ノブナガとは一足先に色々と話してはいるが」
「ノブナガ君と?」
「うん。毒で気を失っている間、意識の狭間でずっとラファエル様と話してたんだ。それに、ご褒美ももらったんだ」
「うむ。儂はノブナガを気に入ったからな。しかしノブナガ。その褒美は神をも殺すとも言われる代物だ。使い時を間違うでないぞ」
「はい!」
いつの間にか仲がよくなっているラファエル様とノブナガ君。
するとそこでラファエル様が屈んで私の瞳を覗きこんでくるではないか。
こ、今度はなに?
「──エマよ。今、ここに正式に示させてもらおう。まだ十といくつかの少女であるお主が、己の恐怖を乗り越え、化け物に果敢に挑んだ姿こそまさに“勇敢”と称するに相応しいものだった。また勇者であるエマを見事に支えてみせたノブナガ、リュカ。お主らもだ」
「……!」
「よってここに、エマにこのラファエルの加護を与える。エマ、手を」
「は、はい!」
そっと右手を差し出せば、ラファエル様が目を細めた。
ごつごつした岩のような手が、私のソレを撫でる。
「……小さいな、」
ラファエル様はそう噛みしめるように溢し──そっと私の手の甲にキスを落とした。
そして私は身体の奥が一瞬だけ熱くなった。燃えるような何かが私の中に確かに蓄積されたのだ。
「ん。これでよいだろう。ヒュドラの毒も今日中には完全に解かされるだろうよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
ラファエル様の試練を無事乗り越えることができた。
残る試練はあと二つ。ガブリエル様とウリエル様……か。
「次の試練はガブリエルにしておいた方がよいぞ」
不意なラファエル様からのアドバイスに目を丸くした。
「あ、ありがとうございます。しかしどうしてそう思うのですか?」
「うむ。一言でいうと、ウリエルは色々と厄介な性格をしているからだ。いや、厄介というよりむしろ……」
「面倒くさい、だろ?」
ミカ君がため息まじりにそう言った。ラファエル様が手を叩いて同意する。
大天使二人にそう言われる人って一体どんな……?
とりあえず、ここはラファエル様のアドバイス通りにガブリエル様の試練に挑むことにしよう。
「おいエマ、となると次の試練は──」
大天使ガブリエルは冥界を司る「希望」の天使。
つまり私達は次は冥界を目指さなければいけないというわけだ。
……ん? ちょっと待てよ?
「次は冥界に行くってことは、もしかして私達一回死なないといけないとかじゃないよね?!」
「あぁ、そこは安心して。ちゃんと入り口はあるから。僕が導くよ」
そんなミカ君の力強い言葉に私はホッと胸を撫で下ろした。
するとラファエル様が私とリュカ、ノブナガ君を三人同時に抱きしめる。
ぐ、ぐるじい!
「……勇気とは、“恐怖に立ち向かう強さ”のことだ」
「!」
「希望とは、“未来に望みをかけ前に進む志”。愛とは、“人を大切に想う心”のことである。この三つが勇者に必要な要素らしいが、お主らには既に備わっておるぞ。……このラファエルの言葉、ゆめゆめ忘れぬようにするがいい」
ラファエル様がその眩しいほどに白い歯をにっと見せつけてきた。
私達は顔を見合わせ、彼の心強い言葉を噛みしめながら頷く。
私達には既に勇者になる為に必要なものは備わっている。
あの偉大なる大天使様にそう言われたのだ。きっとそうに違いない。
大丈夫、私なら、私達なら──次の試練も、きっと。
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