エレナの夢

 ──二年後。


 この日、シュトラール王国の大広場は大賑わいだった。

 つい最近戴冠式を終えたノーム・バレンティアが今日ここで結婚の儀を行うのだ。

 大広場で騒いでいるのは人間だけではない。ゴブリンに、オーク、ラミア、様々な魔族達の姿もあった。

 それらに怯える国民達も多くいたが彼らが歌ったり踊ったり、今日という日を思い切り祝っている姿を咎める人間はいなかった。

 いたとしても魔族達の中央で異様な存在感を放つ魔王の姿を見れば何も出来まい。


「魔王様、そわそわしすぎ。父親なんだからもっと胸を張って」

「う、うむ……しかし、国民達が怯えているようだ。や、やはり私はこの場を去った方が──」

「この日の為にミカエル様に頼んでまで魔力を抑える道具を貸してもらったではないですか。そのおかげでほら、シュトラールはいい天気ですよ。それにこの場を去るなんてエレナ様が許されると思いますか?」


 アムドゥキアスの言葉に魔王は黙った。

 リリスはにっこりしながら魔王の首に蝶ネクタイを結ぶ。


「これで少しは愛嬌が出るわよ」

「そ、そうか」

「ぶっ」


 吹き出しそうになるアスモデウスの足をアムドゥキアスが思い切り踏んづけた。

 

 その時だ。

 堂々としたラッパの音色が本日の主役二人の登場を広場にいる者達に知らせる。

 皆から歓喜の声が湧いた。


「──ノーム様だ!」

「エレナ様ぁ!」


 魔王の身体がアダマンタイトのように固まる。

 藍色のドレスに身を包むエレナがゆっくりとノームの腕を取り、歩いてきた。

 婚儀は新王であるノームとその妃になるエレナが広場を一周し、その後口づけを交わすことで完了する。

 エレナの後ろにはエレナの友人代表としてレイが得意げについてきていた。

 魔王とお揃いの蝶ネクタイを見せつけるかのように、胸を張っている。

 そしてそんなレイの両端には同じく友人代表としてドリアードとニクシーが参列していた。

 二人はエレナの式をより華やかにする為に光と花びらのシャワーを演出している。

 

「──綺麗ですね、エレナ様」


 アムドゥキアスが瞳を潤わせながら、掠れた声でそう呟いた。

 魔王は言葉が出てこなかった。

 ただ身体が小刻みに震えている。


 一方、エレナの方は──緊張で上手く足が動かなかった。

 ノームは触れ合っているエレナの手が震えていることに気づく。

 さらに愛しさが溢れ、笑みが浮かんだ。


「エレナ、」

「ナ、ナニカシラ、ア、ア、アナタ」

「ふふ。海の目にもドラゴンにも怯えないお前がこんなことで参っているのか?」

「そ、そりゃ、流石に私でも緊張する! それに私今変じゃない? ノームの妃として恥ずかしくない?」

「何を言ってるんだお前は。余の隣はお前しかいないさ。エレナは、余にとってこの世の誰より綺麗だよ。堂々としていればいい」

「! そ、そそそそ、そう、ですか……」


 エレナは頬を赤らめ、ノームの腕を握る手の力を強める。

 そうこうしている間にも、式は続いていく。


 やっと広場を一周したエレナとノームは広場の正面にあるシュトラール院の屋上へと上がる。

 黄金の丸みのある先の尖った屋根が神々しさを放つこの院で二人は口づけをするのだ。

 

 国民の熱い視線にエレナは堪らなくなる。

 エレナとノームはヘリオスから受け取った聖剣を二人で握り、天に掲げた。

 国民がさらに湧く。

 そしてその後、ヘリオスに聖剣を返し、二人は向き合った。

 高らかに鳴り響いていたハーモニーが止み、静寂が二人を見守る。


「……っ、」

「力を抜け。何も皆の前で口づけをするのは初めてではないだろう?」

「あ、あれは、ノームが悪魔に憑依されるからでしょ!」


 唇を噛みしめ、涙を我慢するエレナ。

 ノームはエレナの後頭部に手を宛がう。


「……必ず、幸せにするさ。サラマンダー」

「ノーム? なんか言った?」


 不思議そうな表情をするエレナを見て──ノームは口角を上げ不意打ちの口づけを落とした。

 

 国中が今日一番に盛り上がった瞬間である。




***




「つ、次はいよいよエレナ様のスピーチですね……」

「突飛なことを言わなければいいが」

「ははは。あのエレナ様でもこの時ばかりは自重しますよ。……するよな?」

「アタシに聞くな」


 口づけの儀も終わり、次はこの国の新しい妃となるエレナのスピーチの番だ。

 声を拡張させる魔法を込められた水晶を両手に、エレナが一人前に立つ。

 テネブリス側は特に唾を呑みこんだ。


【──、初めまして、皆さん。わ、私は、エレナです。アレックスさんの本でご存じの方もいるかもしれませんが】


 たどたどしい口調。皆が見守る。


【この国の新しい妃として、この私エレナは……ノーム・バレンティア陛下を私の生涯をかけて支えていくことをここに誓います。──ええ、必ずです!】


 一旦拍手と歓声が沸く。

 それが落ちつくとエレナは深呼吸をした。

 まだスピーチは終わらないようだ。


【──今日は最後に皆さんにご紹介したい人がいます】

「!」


 エレナが微笑みながら、ある場所に視線を向ける。

 その先にいたのは──岩のように硬く黒い巨体で、不気味にうねる二つの角を持つ──頭蓋骨頭の、“魔王”。


【十八年前、私が死にかけた赤ちゃんだった時に命を救ってくれた人がいました】


 傍にいたゴブリン達が一斉に魔王を見上げた。


【……その人は私を拾ってから、まるで本当の父親のように私を愛してくれた。空っぽだった私の中身をとっても優しいもので満たしてくれたんです】


 魔王は目元を抑え、唸った。

 今すぐにでも両腕が、愛しい娘を抱きたいと吠えている。


【──テネブリスの魔族達は普通の人から見たら、ちょっと見た目は怖いかもしれないけれど……彼らがこの世の誰よりも愉快で、愛情深くて、温かい存在であることはこの私が証明します。私が今こうして誰よりも愛しい人の隣で、誰よりも大きな幸せに包まれていることこそ、その証拠です】


「……エレナ、あぁ、私のエレナよ……」


 魔王はそう呟きながら、思い出したのだ。

 ずっと昔に幼いエレナが言っていたことを。

 今、その時の様子が立派な院の上で国民達に語りかけるエレナの姿と重なる。


 ──エレナの、幼い頃の夢の話だ。

 幼いエレナが、無邪気に笑って、頬を赤らめて、語っていた夢。


 それは確か──




【──それでは皆さん、紹介します! あそこに座っている骸骨頭の彼は──】
















〈つづく〉



****


──とまぁ、とりあえず第二章はこれで終わりです。

続編ですが、勿論まだルシファーが残っているのであります。

第三章はエレナとノームの娘──エマの物語です。

エマがどんな敵にぶつかって、どんな仲間に出会って、誰と恋に落ちて、どう戦っていくのか見守ってもらいたいと思います。

しかしその前に第三章の前日譚や番外編を更新していこうと思います。

エマの活躍はもうしばらく待ってくださると幸いです。


それではそろそろ。

ここまで読んでくださり、本当に、本当に、ありがとうございました。


テネブリスより愛をこめて   20

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