息子よ
── 一方、テネブリス魔王城にて。
「どういうことだ」
玉座の間にて、魔王はそう溢した。
そんな魔王の目の前には──アスモデウス、マモン、そして──レヴィアタンがいた。
突如現れた三人に一同騒然である。
「ですから魔王様。今申したとおりですよ。魔族は一人残らず殺されるでしょう。見放しなさい、と。貴方にはこのような馴れ合いは不要なのです」
「断る」
全く揺れる気配もない魔王にマモンは困ったようにため息を吐く。
「はぁ。やはりそうなりますよね。ルシファー様も無茶なことをいう。貴方は既に
「…………、」
「では仕方ありません。貴方の守るべきものを一足先に壊してしまいましょう。さすれば貴方も
「!」
マモンの皮膚が黒く変色していく。
そんなマモンにリリスが口を抑えた。
マモンと連動するかのようにレヴィアタンは真っ赤な竜へと形を変える。
そして──近くに居たゴブリン達の群れに襲いかかった!!
ラミア族の悲鳴が上がる。
「──そんな、魔王様……!!」
ゴブリンを庇った魔王の肩にはレヴィアタンの牙が突き立てられていた。
レヴィアタンはすぐに魔王から離れると、唾を吐く。
「親子喧嘩なんて初めてだね、父さん」
「ルーメン、お前……」
対面する二人にヴィネは涙を流し、その場で崩れた。
「変わってなかった……私の視た未来通りに、なるなんて……っ!!」
ヴィネの言葉にアムドゥキアスは拳を握りしめる。
その視線の先は弟のアスモデウスだ。
アスモデウスは何もおかしい事はないというかのように平然としている。
「アタシはゴブリンとか嫌よ。脳が腐っちゃう。噛みちぎるならそうね、そこの……」
そう言って、アスモデウスまでも変身する。
見慣れたはずのアスモデウスの竜の姿が、ここまで恐ろしく見えるのは城の仲間達にとって初めてのことだった。
アスモデウスの牙がエルフ達に向けられる──!
しかしアムドゥキアスがそんなアスモデウスに突進する。
「お前に、」
突進の勢いで人間の姿に戻ったアムドゥキアスは同じくアスモデウスの胸ぐらを掴んだ。
「──お前に、俺の目の前でそんなことはさせないぞ、アス!!」
「ちっ、な、なんなのよこいつ! アタシの顔に傷を! 絶対許さないからね!」
「アス、目を覚ませ! 誰に取り憑かれている!!」
「うっさいわね! アスモデウスは、アタシは、こいつが小さい頃からこいつの中にいたわよ!!」
「!? ならば、殺してでも、目を覚まさせてやるからな!」
アムドゥキアスとアスモデウスはそのまま窓から外へ飛び降り、奇声を発しながら戦い始める。
一方マモンは己の影を操り、その場にいた全員の下半身を拘束した。
玉座の間の壁という壁が漆黒に塗られている。
「マモン! なんで、アンタが……!」
リリスが掠れた声でそう漏らす。
マモンはそんなリリスに一瞥すると、鼻で笑った。
「あなた達の知っているマモンはもういないという話です。この魂に宿ってから、このエルフの魂をじわじわとそれはそれは味わって喰ってやりましたから」
「!! ゆ、許さない……っ」
「おやおや、もしかしてこのマモンに何か特別な感情でもあったのですかリリス? それは申し訳ないことを──」
その時。マモンの頭部を何者かが強く殴った。
マモンの頭部は瞬時に影で覆われたので、ただ揺れた程度の衝撃だったが。
冷めた顔で、マモンは振り返る。
「リリスさんに、それ以上その汚ぇ口内を晒すんでねぇ!」
「──あぁ、貴方でしたか」
シャックスは斧を振りかぶり、マモンの腹部を抉るように弧を描く。
しかしマモンは軽々とそれを避け、瞬時に口から影を吐き、それはシャックスの身体を拘束した。
まるでその影は刃物のように切れ味があり、シャックスは全身にナイフを宛がわれているような感覚に陥る。
「な、」
「シャックスさんでしたよね。貴方のことは知っていますよ。なんせ、貴方を従えていた奴隷商人は私の取引相手でもありましたからね。故に、貴方の弟さんの最期を見送る機会がありまして──」
「!」
「聞きたいですか? とっても愉快でしたよ? 弟さんを引き取った貴族の方は
──言葉が途切れる。
マモンの口を大きな手が塞いでいた。
マモンが恐る恐る見上げると、骸骨頭が目に入る。
「──マモン、お前はもう黙れ」
「っ、」
マモンは瞬時に魔王から離れた。
今の一瞬で、マモンの額には汗が滲む。
レヴィアタンは元の姿へと戻っており、マモンの隣に立った。
「マモン、退こう。僕達は挨拶程度でいいってルシファーも言っていただろう。どうせ父さんはいずれ
「……ふん、分かりましたよ。私はアスモデウスを回収してきます。あいつはどうも不安要素がある。せっかく宿った悪魔の種を失うわけにはいきません」
「──ルーメン、」
魔王の声がどこか虚しく響く。
レヴィアタンは目を細めた。
「父さん、戦争の準備を。人間達が攻めてくるよ。エレナは進軍を止めることは出来なかったんだ」
「……問おう。お前にとって、この城で暮らした日々は何だったのだ」
レヴィアタンは懐かしそうに微笑んだ。
玉座の間をゆっくりと見渡し、目を閉じ──答える。
「とても楽しかったよ。父さんには感謝してる。城の皆にも。悪魔の僕が得ることのないはずだった幸せと、愛を沢山もらったよ」
「…………、」
「──でも、ごめんね。僕にとってこのテネブリスより、エレナの方が大切なんだ。ただそれだけだよ。うん、本当に、それだけ……」
マモンも、レヴィアタンも、煙のように消えていく。
魔王はただ、それを見つめているだけだった。
静けさに残る余韻は、その場にいた全員の胸を抉っていった。
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