エレナ、追放


 シュトラール王国にやってきてもうすぐ半年が過ぎようとしていた。

 ノームがベルフェゴールに憑依されて一ヶ月は経つが、悪魔達はあれ以降静かでとても不気味。

 それに気になるのは……サラマンダー王子だ。

 最近顔色が悪いような気がする。あといつもシルフさんと一緒にいるのも気がかりなんだよね。

 シルフさんといるのが悪いことだとは言わないけれど、なんだか……。

 ノームも凄く心配しているんだけど、王子はノームの話を聞いてくれないんだとか。


「エレナ?」

「ん?」

「どうかしたのか? ぼうっとして」


 ノームと中庭の花園でのんびりしていると、そう尋ねられた。

 最近ノームはベルフェゴールによって傷つけられた信頼を少しでも修復しようと頑張っていたから、こうして二人でゆっくりするのは随分久しぶりのことだ。

 「なんでもないよ」と言えば、ノームの大きな手が私の手に覆い被さる。

 ベルフェゴールの一件以来、ノームが隣にいることの幸せを何度も噛みしめるようになった。


 しかしここで、だ。

 足音がする。

 そちらを見れば──随分とやつれたサラマンダー王子が。

 ノームがすぐに立ち上がり、不安げに彼の顔を覗き込んだ。

 

「サラマンダー? どうしたのだ? 昨日も一昨日も注意しただろう。ちゃんと食事を……」

「黙れ」


 サラマンダー王子の濁った瞳がノーム越しに私を射貫く。

 私は無意識に唾を飲み込んでいた。


「……ふん、そんなに呑気でいいのかエレナ。こういう状況だというのに?」

「え?」


 どういうことだろう。

 不安になって彼に眉を顰めると、彼はノームを無視してゆっくり私に近寄ってきた。

 そして私の頬を撫で、そっと耳元に唇を寄せる。


「楽しみにしていろ。時が来たら……兄上ではなく、俺が、お前を存分に愛でてやる」

「? 王子? 最後の方はなんて言ったのですか?」


 サラマンダー王子は私の質問に答えないまま、去って行く。

 ノームが上書きするかのように私の頬を撫でる。

 そして怖い顔で私を問い詰めてきた。


「何を言われたエレナ」

「わ、分かんない。何かを楽しみにしていろって……あとは聞こえなかった」

「楽しみにしていろ? ……あいつ」


 するとそこでフォルトゥナさんが花園に飛びだしてくる。

 彼らしくない、慌てた様子だ。


「え、エレナ様!!」

「フォルトゥナさん!? どうしたのですか?」

「た、たたた大変です!」


 フォルトゥナさんが発した言葉は、耳を疑うようなものだった。


「──今、近隣の国を、!!」




***




「やはり私の言うとおりだっただろう! テネブリスは危険だとな! ふはは、見てみろ! 国々からの使い魔が後を絶たんぞ! ヤツらの慌てた姿が目に浮かぶわ!」


 玉座の間に向かえば、ヘリオス王は上機嫌だった。

 ヘリオス王の周りには近隣の国王達からの使い魔が忙しなく奇声を発している。


「皆、テネブリスへの進軍に今すぐにでも参加したいとのことです。勇者が揃うシュトラールに集う形になりますな」

「よし、スラヴァ! 今すぐに進軍の編成を! 各国の兵が揃い次第すぐにテネブリスへ向かう!」


 私は生き生きとしたヘリオス王にすぐに声を上げる。


「お待ちください陛下! これは……これは何かの間違いです! 魔王が人間を攻撃するはずありません!」


 ヘリオス王はやっと私に気づいたような表情を浮かべ、嫌悪を表した。

 

「なんだ貴様、逃げておらんかったのか。よくその面を晒せたものだな」


 ノームがヘリオス王に何か言おうとしたが、その前に王が言葉を続ける。


「魔王の娘エレナよ。この様に貴様の父親により、この辺り一帯は混乱している。しかし我は貴様の首を刎ねることはない。何故なら貴様に費やす時間が勿体ないからだ。また、貴様が我の保護下にいるというのに魔王軍は動いた。今の貴様には、人質としての価値もない」

「!!」

「よってエレナよ。貴様は──このシュトラールを追放とする。二度と我に顔を見せるな!」


 私は言葉を失う。

 突然の展開に脳みそが追いつけなかったようだ。

 唇を噛みしめ、握りしめた拳の行く先も分からなかった。

……いや、放心するのはまだ早い。

 とりあえずテネブリスに向かおう。パパに会いに行かなければ!

 すぐに玉座の間を出て、鞄をひっつかみ、城を出ようとする。

 ノームが慌ててそんな私の腕を掴んだ。


「エレナ! 待てと言っているだろう! 余も行く!」

「駄目だよノーム。今この状況でノームが国にいないのは駄目」

「し、しかし……!!」

「ノーム」


 不安げなノームの顔を両手で挟む。

 抵抗なく潰されるノームに微笑んだ。

 

「私は大丈夫だよ。ヘリオス王や国を守ってあげて。ここだって偽物の魔王軍に襲撃されるかもしれないしね」

「え、エレナ……お前、これからどうするつもりだ」

「まずはパパと会う。ヘリオス王はずっと前から進軍の準備をしていただろうし、うかうかしてられない。真偽を確かめなくちゃ。ノーム、本当に大丈夫だから。ね?」


 私は一瞬だけノームの身体を思いきり抱きしめる。

 そして──やるせない表情を浮かべるノームの頬にキスをした後──シュトラール王国を出た。



***

只今繁忙期の為、更新お休みしてます。すみません。

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