女王の悪夢は


「エレナ、次はこれ着てみて!」

「あーん、駄目よ! エレナは次にこれを着るの~」

「馬鹿ね、エレナはこのままの方が似合うわよ!!」

「…………、」


 アーヴァンクさんの一件が解決して、私は今夜ウィンディーネ女王の城に泊まることになった。

 しかもなんとご馳走してくれるのだとか。

 それで今はウィンディーネ女王の側近の人達に夕食時に着る服を見繕ってもらっているのだ。


「おい、ゾーイ、リリー、マデリン。そろそろそやつを離してやれ」

「あーん、女王様ひどーい。でも、綺麗ですわよね?」

「ほら、エレナ。出来たわよ」


 私が、ゾーイさん達に着せてもらったのは──。

 本当のお姫様みたいな、長袖のドレス──ソプラヴェステだ。

 下に着ているペティコートのおかげでスカートの形が少し膨らんでいて面白い。

 襟ぐりはちょっと広がりすぎている気がするけど……若い人はこれが普通なんだって。

 薄いピンクに白銀の生地が混ざったドレスは本当に綺麗。

 化粧もしてもらったし……そっとを手鏡を見れば、髪の毛も綺麗に編み込んで後頭部にまとめられていた。


「す、すごい……え、あ、私、こんな素敵なドレス着たことないし、化粧も、髪も……」

「エレナは可愛いんだから、もっと飾るべきよ! 将来シュトラールのお妃様になるんでしょう?」


 私は鏡の中の自分が頬を色づくのを見てから、ウィンディーネ女王に目移りする。

 女王はそんな私にポカンとしている。あの凛々しい女王がこんな顔するなんて。


「あ、す、すみません! 勝手に、こんな……」

「いや。美しくて見とれたぞエレナ。やはりお前は愛いな」


 初対面でちんちくりんって言ったくせに、という言葉は飲み込んでおいて。

 でもウィンディーネ女王にそう言わせてしまうなら……。


 ……これを、この姿を。


「エレナ? どうしたの?」

「この姿を、ノームにも見て欲しかったなって思って……」

 

 すると周りの女の人達の声が色めきだす。


「ノームってあのノーム王子!? 貴女の婚約者ね!」

「あぁ、エレナ、なんて可愛いの! 彼の話、もっと聞かせて??」

「え、え、」


 私はあっという間に女性達に囲まれてしまった。

 どの女の人も綺麗で色気があって、少々目のやり場に困ってしまう。

 夕食が始まると、大広間にウィンディーネ女王の従者達が集まってきて、かなりの大人数での食事になった。


「エレナ、シュトラールなんかやめてこっちにきなさいよ! この国は男がいないから色々楽ちんよ~!」

「そうよそうよ! 歓迎する! この城の居館の過ごしやすさは最高よ!」

「そ、そんなわけにはいきませんよ! ねぇ? 女王様」

「……私も、歓迎するぞエレナ」


 ウィンディーネさんが頬を赤らめながら、うっとりしたような表情でそう言う。

 相当お酒が回っているようだ。


「ウィンディーネ様があんなにお酒を呑むなんて。きっと、エレナが隣にいるからね。貴女、かなり気に入られているみたい」


 ゾーイさんがそう私に耳打ちした。


 それからはお肉中心の夕食も美味しかったし、フレンドリーな人達ばかりでとても楽しい時間を過ごした。

 そして夕食、いや、宴が終わる頃には皆顔を真っ赤にして大広間の床で眠ってしまった。

 スペランサ王国は結構野性的で、床に座ってテーブルを使わずにご飯を食べるのが普通だとか。

 あと、料理も手で掴んで食べるのが多かったな。 

 ……あの手羽先、もう一回食べたいなぁ。


 あちこちから寝息が聞こえる。

 私は部屋の隅のあった布を一人一人に被せた。

 お酒のせいか誰も起きない。

 

 さて、私も用意してもらった部屋で寝よう。


 しかしその時だ。


「う……」


 ──誰かの、呻き声が聞こえた。


「たし……れるな……」

「ウィンディーネ女王?」

「わたしに、ふれるな……そんなめで、わたしを、わたしを、みるな……っ」

「!」


 彼女は泣いていた。悪夢を見ているんだ!

 私はすぐに女王の身体を揺する。


「女王、起きてください!」

「! っ!?」


 ウィンディーネ女王が勢いよく起き上がった。息が弾んでおり、汗が酷い。

 女王はまず私を見て、その次に周りを見回す。


「……唸っていたか」

「はい」

「お主以外にこれを見たものは──いないな。不覚だった。客人など久しぶりで、はしゃいでしまったか。まさかこやつらの前で寝てしまうとは」

「女王様?」

「……、宴の間を出るぞエレナ。部屋まで送ろう」


 女王は私の腕を掴み、その場から離れた。

 まだお酒が抜けていないのか、女王の足取りはとても覚束ない。

 それにしても、ウィンディーネ女王のあんな怯えたような声……。


 ──こんなに強い人が、一体何に対して、あんな風に怯えるというのだろう。

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