意外な二人


 アミール姫との決闘から数日が経った。

 あの決闘以降、私はなんとヘリオス王から部屋も与えてもらって、食事もノームととることを許されているのだ。

 どういう風の吹き回しかは分からないけれど、ありがたくその待遇に甘えている。

 ノームも今まで一人で食事をとっていたみたいだし、二人でご飯を食べる一時ひとときは毎日の楽しみだった。

 シュトラール王国はご飯もかなり美味しい。マレーシア料理にイメージが近いかな。

 特にあの焼きそばみたいなリリーゴレンという食べ物は格別……。

 ──とまぁ、食べ物の話は置いておいて。

 この待遇について、セーネさんとフォルトゥナさんは「ノーム様だけではなく一国の姫も救ったのですから、当然です」と言ってくれた。

 まぁ、これも王様に信頼してもらえつつある結果なのかもしれない。多分ね。


「エレナ様、お客様です」


 兵士養成所でノームが城の兵士達と模擬戦闘をしているのを見守っていると、セーネさんが私にそう耳打ちしてきた。


「お客様? 誰ですか?」

「えぇ、それが──」


 セーネさんの後ろにはアミール姫がいた。私はすぐに立ち上がり、姿勢を整える。


「あ、アミール姫……」

「……ふん、見れば見るほど間抜けな顔ね。ノーム様はどうしてこの子がいいのかしら」

「よ、用件はなんですか? また決闘とか……」

「いいえ。負けは負けです」


 アミール姫に気づいたノームがこちらにやってくる。

 少し警戒するように私の腕を引いた。

 アミール姫は──そんな私とノームに頭を下げる。


 ──え?


「──大変、申し訳ありませんでした。邪気に負けた未熟者の私を救ってくださって、感謝しております。ご迷惑を、おかけしました」

「あ、アミール姫……」

「約束通り、ノーム様からは手を引きます。それに、貴女とノーム様を見ていると……私も、そんな恋をしてみたいと思ってしまったのです。王族なのにね」


 そうポツリと溢すと、アミール姫は身体を翻す。


「では、私はこれで」

「あ、あの!」


 私は思わず呼び止めてしまっていた。


「あの、失礼だとは存じていますが……もう少し、お話しても、かまいませんか? その、せっかくの縁ですし、私はアミール姫の事を知りたいのです!」

「……貴女、本当に不敬者ね」

「す、すみません……」

「でもそうね。今回は許します。というか、私も貴女のことを知りたいの。貴女は命の恩人。そう畏まらなくてもいいわ」

「!」


 アミール姫は少し照れたように笑う。

 するとセーネさんがにこにこしてお茶の用意をしてくれた。

 私とアミール姫との朗らかな午後のお茶会だ。

 アスピ茶の甘い香りを嗅ぎながら、私は彼女に質問をする。


「ところでアミール姫、貴女はいつあんな恐ろしいものに出会ったのですか?」

「よく分からないわ。城に乗り込む前夜に何かあったんでしょうけど……記憶が曖昧で……気がついたら、些細な事にも嫉妬してしまうようになったの。そして丁度ノーム様が貴女を寵愛しているとの報告を受けて、つい──」


 気まずそうに目を伏せるアミール姫。

 やっぱりそんな彼女をあそこまで恐ろしい存在にした何かがいるということか。

 ……何故ソレは、アミール姫を狙ったんだろう。まだ、判断材料は足りないから何も分からない。

 私はとりあえず話を変え、アミール姫とテネブリスの話で盛り上がった。

 テネブリスの話は好奇心旺盛なアミール姫にとって余程価値があるものだったようだ。

 この短時間で、随分彼女と親しくなれた……気がする!

 アミール姫がエストレラ王国に帰って行くのを笑顔で見守った後、イゾウさんがいつの間にか私の傍にいた。


「エレナ様。手紙を預かっております」

「え? 手紙?」


 私はイゾウさんから手紙を受け取る。

 そしてその差出人の名前にキョトンとした。


「──え? サラさんから?」




***




「悪いなエレナ! 呼び出しちまってよ!」


 サラさんは相変わらず元気そうだ。豪快な笑顔で私を出迎えてくれた。

 そんなサラさんの宿屋は生活出来る程度には儲かっている模様。本当によかった。


「昼はあんまり客こねぇしな。暇ならいつでも遊びに来てくれよ!」

「うん。それは勿論だけど……どうしてサラさん、私が城にいることを知ってるの? 王国に来たこと、まだ言ってないはずだけど」

「あ、そうそう。それだよそれ! ちょっと待っててな!」


 サラさんが宿屋の二階に上がっていく。

 しばらくすると、二階がやけに騒がしくなった。

 ん? この声って……。

 階段から現れた人物に私は椅子から転げ落ちる。


「──アスぅ!? なにしてんの!?」

「あーもー、うっさいわね、アンポンタン! アタシだって好きでここにいるんじゃないっつーの!」


 アスはサラさんを睨み付けた。


「この女に脅されたのよ! 仕方なくここにいてやってんの。諜報活動の拠点としてね。昨夜は仕事で遅かったから気持ちよく寝てたってのにこの女は……」

「けっ。何が仕事だよ! 全身から香水ぷんぷん臭わせてさ! 女漁りだろどうせ」

「アタシは人間を抱かないって決めてんの。利用しているだけよ、あいつらは」

「うわー! 最低! 最低男!」


 ぎゃあぎゃあ口論(という程論理的でもない)をする二人に私はポカンとする。

 どうやら倒れているアスをサラさんが助けてあげたことでこうなったらしい。

 まぁ、アスの人間嫌いがこれで少しは安らいでくれれば嬉しいけど……。


 ──それにしてもこの二人。


「凄く仲いいね?」

「誰と誰が!!」


 ピッタリ声が重なるアスとサラさん。

 うん、やっぱり仲いい。

 私は二人が仲良く喧嘩している様子をアスピクッキーを齧りながら微笑ましく見守っていた。

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