冷たい牢屋


 冷たい。

 寄りかかっている壁から、お尻から感じる床から、全身から冷たさを感じる。

 しかも今は前世の暦でいうと十二月か一月……寒いに決まってる!

 昼はあんなに温かかったからすっかり冬であること忘れてた。夜はこんなに寒いんだ。

 だからノーム、夜はこれを着ろって昼とはまた違う露出度の低い服をくれたのね……。

 私は両腕を摩りながら、部屋の隅で縮こまっていた。

 

「……ルーメンも、こんな気持ちだったのかな」


 ごめんね、ルーメン。牢屋の中、寒かったよね。

 

「ん」

「……!」


 鉄格子の間から、ふわふわした毛布が現れる。

 見ると番人のおじさんが私に毛布を手渡そうとしていたのだ。

 

「少しはましになるだろう」

「これって、おじさんのじゃないの? それに私と話をしたら駄目だって言われなかった?」

「……呪いたきゃ呪えばいい」

「ふふ、私に人を呪えるほどの魔力はないよ。でもありがとう」


 私は素直に毛布を受け取る。おじさんの優しさに笑みが零れた。

 やっぱり人間にもノームや、サラさんや、アレックスさん、このおじさんみたいに優しい人は沢山いるんだ。

 だからこそ、テネブリスの人達と争わせてはいけない。


「……お前さんは、本当に魔王の娘なのか?」

「うん。パパはとっても優しいのよ。見た目が怖いだけ」

「信じられんな。最近我が国の領土で度々魔法生物が出現するのはどうなんだ? しかも幻獣であるドラゴンも出たとか」

「それ、パパのせいじゃないよ。魔法生物を操るなんて酷いことをパパはしない」

「……そうかい」

「おじさん、お名前は?」

「すまねぇが、に名前を教えるほど怖いもの知らずでもねぇんだ。家族に危険が及ぶかもしれねぇだろ、名前の呪いは」

「……OK。じゃあ、おじさんで」


 どうやらおじさんは私と同じくらいの娘さんがいるらしい。だから檻の中の私に同情したのだという。

 でも、これはこのおじさんにパパの可愛さやテネブリスの素晴らしさを知ってもらういい機会だ。

 私はパパやテネブリスについてそれはそれは沢山語り、舌を振るった。

 おじさんは私の話一つ一つにそれはそれはいい反応をくれるので話は盛り上がっていく。

 しかし急におじさんの笑い声がピタリと止んだ。

 廊下の向こうから足音が響いたのだ。


 ──現れたのは、ノームだった。


「の、ノーム様!?」

「御苦労だな。少し離れてくれないか。余もここで寝る」

「はぁ!?!?」


 私とおじさんの声がピッタリ重なった。


「ノーム何を言ってるの!? 風邪ひいちゃうよ!!」

「勇者の加護がある余が引くわけないさ。エレナが檻の中にいるのに部屋で寝れるわけがない。……それに、六年ぶりに会えたのだ。一緒にいたいと思うのは当たり前だろう」


 鉄格子ごしにノームと目が合う。

 ノームは壁に背を預け、楽な姿勢になると私の方へ手を伸ばした。

 控えめにはみ出したノームの指と顔を交互に見て──私はノームの意図を察す。

 私もノームと同じような姿勢になって、その指に恐る恐る触れた。

 ノームの指が、優しく私の指を撫でる。

 鉄格子が邪魔で上手く手は繋げないから、触れるだけ。

 ちょっとくすぐったいけど、幸せだと感じた。


「明日からどうなるんだろう。ヘリオス王にこき使われるのかな」

「さぁな。何かあれば余が守る。……あぁ、そういえばフォルトゥナはエレナにだいぶ興味があるようだな」

「あ、フォルトゥナさんって王様の右側にいた、あの白い髪の男の人?」

「あぁ。もう一方の側近のスラヴァは昔から魔族を毛嫌いしていたからな。テネブリスへの進軍を提案したのもおそらくスラヴァだろう。フォルトゥナはそういうスラヴァと常に対立している」

「ねぇ、ノーム、色々聞きたいことがあるんだけど、水の勇者さんと風の勇者さんってどんな人? あと王様が進軍の兵士が集まってないって言ってたよね。他の国への呼びかけが上手くいってないの?」

「……そうだな。エレナには話しておこう。まず勇者だが……土の勇者は余。炎の勇者はサラマンダー。ここまでは知っているな?」

「うん」


 おじさんも興味深そうに私達の話を盗み聞きしているのが分かった。

 ノームがやけに難しそうな顔をする。


「水の勇者と風の勇者は……どちらも一癖も二癖もあってな。まず水の勇者はスペランサ王国のウィンディーネ女王。風の勇者は、旅人のシルフという青年だ」

「ウィンディーネ女王!? 女の人も勇者に!?」

「あぁ。スペランサ王国は女人国でな。王は女性ではないといけないという法律があるらしい」

「にょ、女人国って……存在したんだ!」


 私はまだ見ぬ国にちょっとワクワクしてしまった。

 行ってみたい、なんてね。


「ウィンディーネ王女は簡単に言うとシュトラール王国がスペランサの配下に下るならば進軍の手伝いをしてやらんこともないと言っている。尤も、進軍に消極的なのはスペランサ王国だけではない。テネブリスが原因で害が出ているなんて確証がどこにもないというのに自ら恐ろしい魔王をつつくなど馬鹿のすること……というのがシュトラール王国以外の国の意見だな。騒いでいるのは父上だけ。兵士が集まらないのも当然だ」

「そりゃそうだね。テネブリスは人間を襲うことを禁止しているもん。昔はともかく今は人間達に害をなしているはずがない」

「あとは……風の勇者か。シルフのことは余もよく分からん。ふらっと現れてふらっとどこかへ行く。まさに風のようなやつだな。あと人間嫌いだとは言っていた。父上の命令に従うことは一切せずに、たまに飯だけ食してまた去っていく。しかしその実力は確かなものだから、父上は何も言えないでいる」

「人間嫌いの勇者……変なの」


 テネブリスへの進軍で騒いでいるのは実質王様だけってことか。

 じゃあヘリオス王さえ説得させればいいのかな。

 ……うん、ちょっと光が見えてきた。明日から頑張ろう。

 拳を握りしめ、自分に活を入れるとノームがクスリと笑った。


「お前のいつも前向きなところは見ていて飽きないな」

「だって今回も上手くいく気がするもん。私、運がいいし」

「そういう問題ではないだろう。全く」


 私達はそのまま二人で話をしながら、いつの間にか眠ってしまっていた。

 そして翌日の朝、おじさんに起こされるまで──私とノームの手は触れ合ったままだった。

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