やっちゃった


 サラマンダー王子に連れられるまま玉座の間へ行けば、何やら怒鳴り声が聞こえた。

 これがヘリオス王の声?

 玉座の間には正面に大きな扉があり、側面の壁にも出入り口がいくつかある。

 カーテンできっちりと中を隠されているそのいくつかの出入り口から怒鳴り声が漏れているらしい。

 出入り口の一つからサラマンダー王子がそっとカーテンを捲り、私の背を押した。


「ほら、見てみろ」

「……?」


 私は壁からこっそり玉座の間を覗くとヘリオス王と思われる中年の男の人が確認できた。

 ヘリオス王はノームと同じ褐色の肌にその逞しい上半身を惜しげもなく晒し、下半身は白いスカートのような布を巻いている。

 そして彼は齧っていた果実を──ノームに投げつけたのだ。

 私ははっと息を止めてしまう。


「お前のせいだ!! 何もかもが上手くいかないのは!! 風の勇者も水の勇者もお前の力不足で思い通りに動かん! それにお前がエストレラ王国の姫君との婚約を断ったせいで兵士の質も数も足りん! 世界有数の強国だぞ!!」

「……ですから、父上。前から申し上げている通り、テネブリスへの進軍を止めるべきです。魔族はこちらが攻撃しない限りは我々には危害は加えません。実害にはならないでしょう」

「いや、なる! 現に我が国の領土である辺境の村々で魔法生物ないしは幻獣の被害が絶えんではないか! これは魔王が我々を攻撃しているに違いない! それにあの醜く、薄汚れた魔物達が存在している事自体が気に食わんのだ!! 汚物は疾く処理するに限る!」

「それはテネブリスとは無関係の生物達です! 魔王が生物一匹一匹を制御しているはずがない。全ての害をテネブリスからのものと考えるのが間違いなのでは? お言葉ですが、ヘリオス王、彼らは貴方が思うよりもずっと……」

「王の考えに異を唱えるか!! 貴様はつくづく気に障る! 特にその生意気な目が好かん!」

「……。それは、母上と同じ藍の目、だからですか?」

「……っ!! 貴様ぁっ!」


 ヘリオス王が傍にあった皿からさらに果実をひっつかみ、振り上げる。

 ノームはどうやら避ける気がないらしい。

 先程ぶつけられた果実も潰れて、ノームの綺麗な髪に纏わり付いたままだった。

 

 私は考えるより先に飛び出していた。


「──やめてください!!」

「なっ、お前!」


 サラマンダー王子の制止の声を押し切り、私はノームを守るように両手を広げた。

 ヘリオス王が私を睨み付ける。


「なんだ貴様は!! 許しも無く王の前に出るなど、死罪に値するぞ!!」

「エレナ! お前、部屋から出るなと言っただろう!?」

「言いつけ破ってごめん、ノーム。でも私、王にこんなに理不尽に怒鳴られて、酷い事される貴方を見て大人しくできるほど賢くなかったの!」

「! ……お前は……」


 ノームが唇をきゅっと結んだ。

 しかし私はここで止まれなかった。


「それに、さっきから話を聞いていれば、魔族は醜いだの汚いだの……馬鹿にしないでください! ノームの言うとおり、テネブリスは人間達が黙っていれば手を出すつもりはありません!」

「なっ! 誰だ、貴様は! 名を名乗れ!」


 もうこの際だ! 全てを話そう!

 自棄やけっぱちになった私はフェイスベールを自分で剥いだ。


「──私はエレナ! 魔王の娘です! テネブリスへの進軍を止める為にここに来ました!」

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