ガルシア王は笑う
「貴方が、ガルシア王か」
「いかにも。私がアトランシータの王、ガルシアである。貴様の名前を聞こう」
「……ノーム。ノーム・バレンティア。シュトラール王国の第一王子だ」
「シュトラール王国の……? ははは、聞いたことあるぞ。なるほどなるほど。その脇に抱えている女子は貴様のか?」
「……今は友人だ。ガルシア王、もう時間がない。余とこの少女エレナが海の目に飛び込んだのは紛れもない人魚の涙の為だ。余の母親が危篤状態で……どうか、涙をくれないだろうか」
ガルシア王は立ち上がり、こちらに泳いできた。
まじまじとノームとエレナを観察している。
「素直な人間だ。ここに来たものは人魚の涙目的であることを大体隠す」
「今は隠し事をして得をする状況ではないとお見受けした」
「頭もいい。確かに、我は我に嘘をついた者を刺殺する癖があるな」
ニヤリ、と口角を上げるガルシア王にノームは冷静を装っていた。
すると水竜がガルシア王の胸に頭を擦りつけ、その容姿と似ても似つかない愛玩動物のような声で鳴く。
ガルシア王はそんな水竜の頭部を撫でた。
「こやつはシー・サーペント。我に相応しい美しさがあるだろう? 海の目からやってきた者は大体こやつのおやつになるんだがな」
話を逸らすガルシア王にノームは眉を顰める。
「ガルシア王。涙は……」
「せっかちな奴だ。貴様も王子の端くれならば常に余裕を持て」
「…………」
「ふん、仕方ない。涙だな。くれてやろう。ただし、条件がある」
「っ!」
「──代わりにこの娘を寄越せ。丁度こいつの餌が欲しかったところだ」
ガルシア王の提案に凍り付くノーム。
ガルシア王は探るようにノームの顔を覗きこむ。
「どうする? ノームよ。貴様はどちらを選ぶ? 母か? 想い人か?」
「────、」
ノームは傍らのエレナを見つめ、その美しい金髪に触れた。
──エレナ。
──お前が反対の立場だったら……余も、母も、どちらも救おうと足掻くのだろうな。
──お前なら、きっと許してくれるはずだ。
その金髪の先に唇をつけ、ノームはガルシア王にエレナの身体を手渡す。
「──ほう。想い人を犠牲にし、母を選ぶか」
「違う。エレナを海上まで送ってほしい。上空にエレナの友人のドラゴンがいる故、彼にエレナを渡してくれ」
「…………?」
「代わりに余を貴方に喜んで差し出そうと言っているのだ。そこの水竜の餌にでもなんでもするといい。エレナが無事海上に届けられたのを見送ってからであれば抵抗はしない。余は勇者だ。その上、王子なので人よりもにいいモノを食ってきた。エレナよりも余の方が栄養価の高い上等な肉片だろう」
「……お前は、死ぬのが怖くないのか?」
ノームは口角を上げた。
「──
ガルシアはそんなノームを見て、しばらく石のように動かなくなる。
水竜が様子のおかしい主に戸惑う。
そしてガルシア王は──突然、腹を抱えて笑い出した。
「ふ、ふはははははは!! 嘘は言っておらんな! 我には分かるぞ! その歳で己の命より重きものを知るか!! ノーム!! さらに気に入った! うむ、実にいい目だ。お前はいい王になる! 我が保証するぞ!」
ガルシア王は満足するまで笑うと、笑いすぎて出た涙を小瓶に収める。
そしてノームの小さい手にそれを握らせた。
「ガルシア王?」
「母もこの娘も大切にするがよい。ただしもうこれきりの出会いなのは悲しいからな。今度はこの娘が起きている状態でまた話そうじゃないか。必ず、また海の目に飛び込んでくるがよい。我がアトランシータは其方らを歓迎しよう。あ、ちなみにここはアトランシータではないぞ。国の外れだ。アトランシータはこんな廃れたな所よりずっと美しい」
エレナの身体が再びノームの両腕に抱かれる。
ノームはガルシア王を見上げ、どうしようもない感謝に溺れた。
「……なんといったらいいか……」
「ふふ、よいよい。己の勇気と愛に誇りを持つがよい。このガルシアが認めたのだ。おい、シー! こやつらを海上まで送ってやれ!」
ガルシア王がそう言うと、水竜は頷き、するりとノームの股の間を潜り抜け、背中に乗せた。
そのまま凄い速さで海上に昇っていく。
「ノーム!! 我が友よ!! また来るがよいぞ!!」
「──!!」
水竜の速さのせいで上手く返事が出来なかった。
そしてしばらくすると勢いよく水竜が水面から飛び出した。
水圧からの解放により、一気に身体が軽くなった気がする。
その衝撃でエレナがはっと目を覚ました。
「の、ノーム? あれ? 私は……」
「ははは。やはりお前は寝坊助だな! エレナ!」
「えぇ!? なにこれ!? え、え!? 水のドラゴン!?」
するとレイの鳴き声が上空から聞こえてくる。
どうやらノームとエレナを見つけ、降りてきてくれているらしい。
水竜はスルリとノームとエレナから離れると、そのまま海の底へ戻っていった。
「ちょっとノーム!? どうなったの!? 涙は!? ガルシア王は!?」
「涙は手に入れた。とりあえず、話はあとだ。すぐにレイに乗って母上の所に行くぞ!」
「えぇ、わ、分かった!」
エレナとノームはレイに乗って、シュトラールへ急ぐ。
──間に合ってくれ、母上!
ノームは小瓶を握りしめ、歯を食いしばった。
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