人間襲うの禁止令!
──魔王城、玉座の間にて。
「…………」
「…………」
「…………」
エレナが家出をしてから、魔王城に初めての朝が訪れた。
魔王は死んでいるかのように静かだ。たまに動いたと思うとため息ばかり。
アムドゥキアスはそんな魔王に冷や汗をかく。それと同時にエレナの存在の大きさが身に染みた。
「ちょっとアム! どうにかしなさいよ!」
「わ、私に言われても……」
「エレナちゃん、レッドキャップに八つ裂きにされてないといいけど」
「リリス! 縁起でもないこというな!」
「んにしても、俺たちゃ、姫さんの明るさに今まで救われてきたんだなぁ」
リリス、アドラメルクがそんな話をしていると魔王が突然立ち上がった。
魔王はその仰々しい角を傾け、玉座の間の大窓に目を向ける。
「ま、魔王様?」
「……エレナ、」
魔王の声と共にレイの若い鳴き声が聞こえてきた。
そして、玉座の間の天井付近にある窓からエレナが顔を覗かせる。
アムドゥキアスが口をあんぐりと開けた。
「──パパ!!」
「!」
「受け止めて!!」
エレナが戸惑いなくそこから飛び降りる。
アムドゥキアスがらしくなく汚い叫び声をあげた。
しかし魔王がきちんとエレナを受け止める。衝撃を与えないように浮遊魔法をエレナにかけたようだ。
「エレナ様! なんて無茶を!」
「ごめんごめん。でもパパなら受け止めてくれるでしょ?」
「……エレナ」
魔王がエレナの小さな体を抱いた。
「無事だったか……?」
「うん。私はパパの子だもん。ちょっと家出したくらいで大袈裟だよ?」
「そうか」
「それよりパパ! 私ニクシーさんからセントウをいただいたの! これでテネブリスの食糧難がどうにかなるかもしれない!!」
エレナが両手でセントウを持ち上げ、魔王に掲げる。
魔王はそれを受け取った。
「これは……」
「レイ! セントウを皆に配って!!」
「ぎゃう!」
レイが大窓から玉座に飛び降り、背負っていたカゴに入っていたセントウをその場にいた魔族達に尾で渡していく。
「え、エレナ様、これは?」
「みんな聞いて! これはセントウよ。ニクシーさんからいただいたありがたーい食べ物なの! このセントウはパパの魔力を吸い取ってどんどん成長していくから、パパの魔力で枯れたりしない! 育て方はまだ分からないけれど、ニクシーさんから今までの成長過程をまとめてもらった手紙があるわ。マモンさん!」
「は、はい!」
「あなた達エルフは優秀な研究者よ。私も出来る限り協力するからこれの栽培方法を見つけ出して」
「は、はい……!!」
「ちょっと! こんな果物ごときで食糧難が解決するわけないでしょ? 大体、こんなの美味しいの?」
そう声を上げるのはアスモデウスだ。
半信半疑の皆にエレナはにっこりした。
「食べてみればわかるよ」
セントウを配られた部下達がセントウに齧り付く。
するとあちこちから「旨い!」という感嘆の声が上がった。
「こ、こりゃあ、いけるんじゃねぇか!?」
「あら本当……とろけちゃいそう」
「このセントウは自分の好物や食べたいものの味へと変化する摩訶不思議なものよ! 美味しさは合格! しかもパパの魔力で無限! これをきっかけに皆で食糧難を乗り切りましょう! セントウ以外にも手はあるはずだわ! 強奪なんかよりも皆で考えて他の方法で一緒に国を潤していこうよ!」
エレナが懇願するように魔王を見上げる。
「パパ……お願い。食べ物を人間から奪うのはやめて。これ以上、私の大好きな魔族の人達を〝悪者〟にしないで……」
「─────、」
全員の視線が魔王に集中する。
「ま、魔王様……」
「…………っ、パパ……」
「──これより、テネブリスは、人間を襲うことを一切禁ずる! 各々、テネブリス中にこの命令を伝えよ!」
ゴブリン達が慌てて玉座の間を出ていく。もちろん受け入れられないといった様子の魔族達もいた。アムドゥキアスが拳をにぎりしめる。
エレナは魔王の頬にキスをして、新たな研究の可能性に興奮するエルフ達の輪の中に入っていった。
そんなエレナの後ろ姿を魔王は見つめる。
「アムドゥキアス、私は魔王として今、間違えた決断をしただろうか」
「……いえ。それは私にも分かりません」
「私は……エレナを信じようと思う。エレナはこの国の光だ」
「はっ。魔王様がそう言うならば。我らはどこまでも魔王様とエレナ様のお傍に」
アムドゥキアスもエレナを視界の中心に合わせる。
彼自身、十歳とは思えないほどの大胆さと強さを見せるエレナにテネブリスの未来を賭ける価値はあるかもしれないと正直感じていたのも事実だったのだ。
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