パパとお散歩
パパと出会ってから、十年が経過した。
その十年の間に、私は色々な事を知った。
まず、私は異世界に転生していたこと。
だってこの世界には私の前の世界にはなかった“魔法”があるから。
異世界に転生するだなんて大好きなファンタジー小説みたいで、気づいた時には嬉しくて飛び跳ねたものだ。
そして次に、私のパパはこの世界で恐れられている“魔王”だということ。
骸骨頭に首から下は岩のようにごつごつした真っ黒い身体、頭から生える二つの大きな角、聞いた者を圧倒させる低音ボイス。
パパは確かに魔王そのものを体現したような姿だとは思っていたけれど、まさか本当に魔王だったとは。
……でも、パパは凄く優しいのだ。
話を聞くと、私は本当のパパの娘ではない。
私の実のお母さんが産んだばかりの私を捨てようとしていたところ、パパが死にかけの私を助けてくれたらしい。
多分、あの不思議な深海みたいな暗闇はお母さんのお腹の中だったんだと思う。
でも、私は外の世界を感じる前にほぼ死んでいたんだ。
それを、パパが助けてくれた。
そんなパパの部下である魔族の人達だって凄く優しい。
ドワーフ族、オーク族、ゴブリン族、竜人族……皆見た目は少し怖いけれど、本当はいい人達なのだ。
人間に恐れられているのはその見た目から誤解されているだけ。
それにパパの右腕のアムドゥキアス曰く人間と魔族が仲が悪いのは昔に人間が魔族の土地を奪ったのがきっかけらしい。
人間の方が圧倒的に数は多いから、あちこちから迫害されて困り果てた魔族達は一番魔族で強いとされるパパの元で国を作った。
──その国こそがこの「テネブリス」だ。
テネブリスの真ん中にある大きなお城「魔王城」の主塔の窓から私はテネブリスを見渡した。
うん、パパの魔力の影響で今日もいい雷天気!
この雷も最初はちょっと怖かったけれど、今じゃ心地のいいBGMだ。
「エレナ様」
うっとりするような低音に振り向くと、そこにはパパの右腕のアムドゥキアスがいた。
アムドゥキアス、通称アム。
アムはこのテネブリスでパパの次に偉いのだとか。
「お勉強の時間です」
「えー!? 毎日勉強しているのよ!? 今日くらい休んでもいいんじゃない!?」
「駄目です。お嬢様は魔王様の娘だというのに、魔法は治癒しか出来ません。それではこの先──」
「人間との戦いで生き抜けない?」
「……その通りです」
私はため息を吐く。
魔族の人達は人間の人達をどうやら嫌っているようだ。近い未来、戦争をするつもりらしい。
そりゃ、人間は魔族に悪い事をしていたんだろうけど……。
前世で散々読んだファンタジー小説から私は学んでいるのだ。
争いは、憎しみしか生まない。
私は魔族の人達にも、人間の人達にも、笑顔でいてほしい。
勿論、パパにも。
「……魔法って、人を傷つけるものじゃないと思う」
「またそんな事を言って……」
「やられたらやり返す。そんなの、終わりがないじゃない。ねぇ、アムドゥキアス。私って間違ってる?」
「…………」
アムドゥキアスは口を迷わせていた。
「──しかし、相手を傷つけないにしても、貴女様にはご自分の身を守れる程の力ぐらいは身につけていただかないと──」
「必要ない」
私は顔を輝かせた。
アムドゥキアスの後ろにいる影に手を伸ばす。
「──パパ!!」
パパは軽々と私を抱え上げ、その広い肩に乗せてくれた。
「エレナは私が守る。故に、この子が戦う必要はない」
「しかし、魔王様! 万が一の事があれば」
「万が一など、この魔王の前にはない。あと、今日はエレナの休日とする」
「……はぁ。魔王様、エレナ様を甘やかすのもほどほどにしてくださいね」
「善処しよう」
私はパパの角を掴んで、上からパパを覗きこむ。
「パパ、お散歩しよう?」
「あぁ、そのつもりだった」
「嬉しい! 今日はどこに行こうか! ゴブリンさん達の村? 私、竜人さん達の森にも行きたいな。竜の言葉を教わる約束をしたの! 知ってるパパ? 竜語を覚えるとね、ドラゴンともお話できるようになるんだって!!」
「エレナは物知りだな。竜語か、それはいい」
「私ね、もっと色んな種族のお友達を作りたいの! そしてね、いつかは皆でこのテネブリスで、一緒に暮らすの! 勿論、人間も!」
「…………」
人間という言葉にパパはピクリと揺れた。
でも、パパはすぐに何事もなかったかのように歩き出した。
「……。私ね、人間さん達に、教えてあげたいな。魔族だって一生懸命生きてるし、優しい人達ばかりだって」
「そうか」
「あとね、パパは世界で一番カッコよくて私の自慢のパパだって、全世界に紹介したい!! それが私の夢の一つでもあるの!!」
「…………エレナ。パパの事は、好きか」
「うん! 勿論! 世界でいっちばん、大大大大、大好き!!!!」
「そうか」
パパは、そう言った後。
「……そうか」
と、噛みしめるように言った。
パパはずっと独りぼっちだったんだって。
産まれたときからずっとこの骸骨頭で種族も分からず、親もおらず、たった一人でここまできたらしい。
「──パパ」
私をあの時、呼んでくれたのは、きっとパパなんだ。
あの時、私に手を伸ばす為の光を与えてくれたのも。
「私がずっと一緒にいるからね」
私がいっぱい愛してあげる。
愛されたいって誰でも思う感情だから。
パパの白いつるつるした額を撫でてあげた。
「そうか」
「うん」
「……私には、お前しかいらないよ。エレナ」
パパはそう言って、少しだけ、小刻みに肩を揺らす。
笑っているのか、泣いているのか、今の私には全く見当もつかなかった。
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