怪異ダイバーシティ
鮎屋駄雁
第1話 眼魔
怪異。
道理では説明がつかないほど不思議で異様なこと。または化け物。
都市伝説などでよく取り扱われるものとは少し毛色が違うけれど、日本古来の言い方をすれば妖怪が一番近くてしっくりくるかもしれない。
自称霊感の無い僕は今までの24年の人生で霊的体験をしたことがなく、夏にあるテレビの心霊映像特集なんかも、どうせ合成だったりなんだりで作られたものという決めつけの元、全く信じていなかった。
そう、あの日まで。
月曜から土曜まで毎日ほぼ終電で帰り、やっと辿り着いた休日の日曜日。
僕は一週間の疲れを少しでも取るため、体力の続く限り眠っていた。
目を覚ましたのは十四時を少し回ったところで、六日振りの長時間睡眠は逆に体を重くさせたような感覚だ。
六畳程度のワンルームは会社の社宅であるが、家賃の補助はごく僅かでほとんどをな時間働いても何故か金額が一定の給料から支払っている。
一週間のほとんどを寝に帰ってきているだけとはいえ、徐々に埃や汚れはたまるもので長い間掃除をしていないかったこともあり、部屋は雑然としている。
毎週、日曜日に掃除をしようと意気込んでいるが実際に日曜日は今日と同様にほとんど寝て過ごし、起きた頃にはやる気は夢の中に置き去りにしてしまっているようだ。
寝ているだけだが腹は空く。
冷蔵庫の中に何も入っていないことは一か月くらい前から確認している。
僕は重たい体を布団から何とか引きはがし、雑に出かける準備を済ませ、開くときに軋む鉄の扉を開け、光が差し込む外へ出た。
近くのコンビニまでは歩いて十分ほどかかる。
車もバイクも自転車も持たない僕はこの移動手段しか持っていない。
コンビニまでの道のりはほとんど一直線だ。
その途中に神社がある。何でも古くからこの場所にある由緒正しい神社らしく、たまにテレビの取材がやってきていたりする。その神社は普段はほとんど人がいないのだが、今日は何やら賑わっている。
近づいてみると、どうやらフリーマーケットをやっているらしい。
この日のために作ってきたものもあれば、家の倉庫に眠っていたものを持ってきたようなのまでたくさんある。
少し興味を持った僕はぐるっと一周そのフリーマーケットを回ってみることにした。
骨董品やレトロなおもちゃがブルーシートの上に並べられている。
実用的なものは少ないが、こういうものは必ずマニアがいてそれがメインの客になるのだろう。
ひとしきり見終わり、再びコンビニへ向かおうとした時、
「お兄さん、これいらないかい?」
話しかけてきたのは見るからに怪しそうな壺や、巻物を展示している露天商だった。
僕が怪しんでいると
「別に高いもの売りつけようなんて思ってないよ。ま、話聞くだけでもいいから」
何となく逃げられないような気分になっている。
「話聞くだけですよ。あと、最初に言っときますけど、全然お金持ってないですからね」
「オーケー、オーケー」
そう言うと露天商はブルーシートの上に広げているものではなく、別のところからあるものを取り出した。
「これは?」
「これは砂時計だ」
出てきたのは少し大きめで、蔦が絡まったようなデザインの砂時計だった。
「もちろん普通の砂時計じゃない。持ってみて」
渡された砂時計を持つ。すると砂が上から小さな穴を通り、下へ落ちる。普通と違うのは下へ落ちる際に砂の色が変わっている。上の砂は普通の白と薄い黄土色だったが、下に落ちているのは砂は紫色になっている。
「手品の商品か?」
「いや、これはそんな陳腐なものじゃない。持つ人間によって落ちる砂の色が変わるんだ。そして色はその人の怪異を映す」
「怪異?」
「そう怪異だ。何と言えばいいかな。、、、まぁ、お兄さんの守護霊みたいんなもんだな」
一気に胡散臭くなった。
「守護霊ねぇ、、、ちなみにこの紫色はどういう意味なの?」
「ん?、、、あぁ、紫色はなんだっけな。」
ため息を吐き、砂時計を置いて帰ろうとする。
「ああ!待って待って、説明書あるから」
ガサガサとまた後ろの方で慌ただしく物を探し出した。
「あったあった。えっと紫色はね、、、」
僕はあまりの胡散臭さにもうほとんど興味を無くしており、この場をさっさと立ち去りたい気持ちになっていた。
「『要求』だね」
「要求?」
「そう。これは守護霊の強さや、特性を人の認識できる色に変換するんだけど要求というのは今お兄さんには守護霊がいない状況っていうことだよ」
「そうですか」
立ち去ろうとする僕の背中に露天商は話し続ける。
「守護霊がいないってのは楽観できる状態じゃないよ。何にでも取りつかれる可能性があるってことだ。怪異はすぐそこにあるんだ」
露天商の妄言の最後のあたりは声が小さく聞き取ることが出来なかった。
コンビニで買い物をし、併設されているイートインスペースで食事を済ませた。
最近のコンビニのイートインはコンセントが自由に使える店も増えてきて、便利になった反面長く居座る学生や仕事をサボっているサラリーマンなどが現れた。
僕はゴミを捨て、帰路についた。
帰り道も一本道のため、さっきの神社を通らなければならない。
話しかけてきた露天商は神社の入り口に近い場所にいたため、また話しかけられたら面倒だなと思い、近づくにつれ徐々に歩く速度を落とした。
異変にはすぐに気づいた。
さっきまで賑わっていたフリーマーケット会場に誰一人いなくなっている。人だけではない。たくさんあった商店も綺麗になくなっている。
僕がこの神社を離れ、コンビニへ行き食事をしてここに戻ってくるまで三十分程度しか経っていない。そんなに早く撤収が出来るのか。
「また戻ってきたのかい?」
声は後ろから聞こえてきた。振り向くとさっき話しかけてきた露天商だった。
「もうイベントは終わったのか?」
「イベント?」
「さっきまでフリーマーケットでたくさん人がいたじゃないか」
「いないよ。今日もここには俺しかいない」
「そんなはずないだろ。さっき確かに」
「じゃあ、お前が見ていたのは別の世界だ」
「別の世界?何を言ってるんだ?」
この状況にも露天商が言っていることにも理解が追い付かない。
「おかしいな。お兄さんは同類だと思ったんだけど」
「同類?」
「だってお兄さん、怪異でしょ?」
勘弁してくれ。事態に混乱しているのに、訳のわからないことで更に混乱が加速する。
「自分が怪異の自覚はないのか。珍しいな」
「もういい。もし仮に俺がその怪異だったらなんなんだ」
「怪異ならここで退治しないといけない」
「退治だと?」
僕が話し終わる前に露天商はどこからか黒く光る拳銃を取り出し、あろうことか銃口をこちらへ向けてきた。
「ま、待てよ。何の冗談だよ」
「冗談かどうかはすぐに分かる」
露天商が引き金に指をかける。
体から汗が噴き出る。口の中が一気に乾燥し、心臓の鼓動が早くなる。
その時、露天商の背後に黒い影が煙のように立ち上がり、徐々に形を形成していくのが見えた。
僕が目を見開き、その影を見ていると
「こいつは眼魔(がんま)だ。体中に目を持っていて、それぞれが違うものを見ている。さっきお兄さんに話しかけた時も見てたよ。そして眼魔の目でお兄さんを見たら、怪異だって言うんだよ。ここまで人っぽい怪異は初めてだったから、言われるまで分からなかったよ」
僕は完全な姿が現れた眼魔に視線が釘付けになった。
体は3メートル以上あり、体中に目がある。それぞれの眼球が別々の動きをしていることが不気味さをより際立たせた。
「さて、お話はここまでだ。さようなら」
近い距離だったけど確かに音の方が少し遅れてきたような気がする。
頭に強い衝撃があり、僕は抵抗することもできないままゆっくりと後ろへ体が倒れていく。
本当に視界がスローモーションで流れていく。
あーあ、こんなことなら神社なんかに入るんじゃなかった。
あーあ、もっと寝ていたらこんなことに巻き込まれずに済んだのかもしれない。
あーあ、車かバイクか自転車でもあったら他の場所へ向かってたのに。
あーあ。
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