ベッドメイキング
由友ひろ
第1話 夏希のトラウマ
「ホント……、クズばっか! 」
生まれたのときから、ひたすら男運が悪かった。
身なりを整えれば、そこそこ美人なのかもしれないが、化粧っけはなく、切るのが面倒でのばしっぱなしの髪の毛を無造作に一つに縛り、Tシャツにジーンズ、スニーカーが定番。
女性としては怠惰、仕事の腕前はピカ一、そんな彼女が珍しく近所の居酒屋で一人酒を飲んでいた。
やめればいいのに、かなり酒の入った状態で、今までの半生を思い返していた。
生まれ落ちて一番最初に出会う男性……父親であるが、まずそいつがしょうもない男だった。母親のヒモみたいな奴で、甘えてねだって母親を働かせるだけ働かせ、自分は昼間っから違う女を家に連れ込んでいた。結局、八歳のときに新しい女に子供ができて出ていった。
初恋はちょうどそんな時期で、六つ年上の隣りに住んでいたお兄ちゃん。あんな父親でも、いなくなれば寂しく、家の扉の前でしゃがんで待っていた。そんなとき、優しく話しかけてくれ、遊んでくれた。
いつしか、お兄ちゃんは夏希の家にも上がり込むようになり、夏希の母親が仕事でいないのをいいことに、女友達を連れてくるようになったのだ。そんなとき、夏希は自分の家なのに家にいることができず、父親のときのように、玄関の前で遊んだ。
それでも、お兄ちゃんは優しいし、たまにお菓子もくれるし、夏希は大好きだった。
夏希の胸が膨らみ始めた頃、お兄ちゃんが夏希に興味を示しだした。
「夏希ちゃん、胸が膨らむ病気があるのは知ってる? 」
「なにそれ? 」
「胸の癌でね、胸のこの辺りにしこりができるんだ」
成長の過程として、胸が膨らんできたと思っていた夏希は、お兄ちゃんが示した辺りの胸を自分で触ってみる。
しこりが何かもわからないし、自分の胸にそんな物があるかなんて、もっとわからない。
「自分じゃわからないよ。お兄ちゃんが見てあげる」
お兄ちゃんのすることに、ただただ嫌悪感しかなく、気持ち悪いのと汚ならしいので、鳥肌がたった。
そんなとき、風邪気味で早引けしてきた母親が玄関のドアを開けた。
「あんた達、何してるの! 」
お兄ちゃんは、夏希の母親の悲鳴のような声を聞いて、靴も履かずに家から飛び出していった。
「夏希! 」
母親の鬼のような形相に、いけないことをされていたんだと理解する。
それから、お兄ちゃんは出入り禁止になり、話すこともできなくなった。
次に好きになったのは、中学のときのテニス部の先輩だ。先輩から告白され、初めて付き合うことになった。
先輩は付き合い始めると、すぐにキスをしてきて、ベタベタと触ってきた。べちゃっとしたキスで、はっきり言って気持ち悪かった。それでも先輩は好きだったから我慢したものだ。
「今日、家に行っていいか? お母さんいないんだろ? 」
明らかにやりたいです! オーラ全開で、先輩が夏希の肩を抱く。
「お母さん、今日は早番だから」
嘘だ。母親は、よっぽどのことがない限り、九時過ぎないと帰ってこない。
このくらいのときから、夏希は家のことを全てやっていて、料理、洗濯、掃除、主婦レベルの腕前になっていた。
何回かそんなやりとりがあり、いつしか先輩は違う女の子と一緒に帰ることが増えた。
「なんかさ、夏希んちは母親が仕事でいないから、あんたと付き合えばすぐできると思ったらしいよ」
おせっかいな友達が教えてくれた。
それでも、たまに先輩と帰ると、やはりあのべちゃべちゃしたキスをしてきて、同じように家に来たいと言う。
「いいよ……」
それで先輩が戻ってくるならって思ったのだ。
先輩は、夏希の肩を抱くと、足早に夏希の家を目指した。
家に入って鍵を閉めると、玄関先でねちっこいキスをしてきて、夏希の身体を触りまくった。
また、あのゾワッとした感覚に襲われる。
「ちょっと待って……」
夏希は拒絶の言葉をはいたが、無我夢中の先輩は聞こえているのかいないのか……。板の間に押し倒された背中が痛かった。
その途端、初恋のお兄ちゃんとのことがフラッシュバックする。
愛情のかけらもないただ欲情に濁った瞳、夏希のことなど微塵も考えない乱暴な手の動き……。
「声だしていいんだぞ」
その手が内腿をなぞった時、夏希の中で嫌悪感が弾けた。
「止めて!! 気持ち悪い! 」
夏希は先輩を押しのけ、流しに走っていってもどした。
「な……なんだよ、それ?! 」
先輩は、興が削がれたように、夏希をただ見ていた。
大丈夫もなければ、背中をさするでもない。それどころか、ムッとさえしているようだ。
「帰るわ……。お疲れ」
先輩は、夏希を労ることなく、制服を整えて帰っていった。
それから二度と、先輩は話しかけてもこなくなったのだ。
それから、何回か恋愛もどきをした。ただ、夏希の見る目がないのか、出会うのはクズばかり。夏希の父親のようにお金目当てだったり、お兄ちゃんや先輩みたいに身体だけが目的だったり。
そのせいか、付き合っても三ヶ月もつことはなくて、早くて一ヶ月未満もざらだった。
仕事を始めてからは出会いも少なく、最近久しぶりにできた彼氏とも、さっき終了してきたばかりだ。
原因は、夏希がやらせないから。
できないものはしょうがない。
頑張ろうとはするのだ。
でも、どうしてもあの背中のゾワゾワが我慢できない。
「男なんかいらないぞーっ! 」
夏希は、すでに酩酊一歩手前まで飲んでいた。
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