ベッドメイキング

由友ひろ

第1話 夏希のトラウマ

「ホント……、クズばっか! 」

 生まれたのときから、ひたすら男運が悪かった。


 如月夏希きさらぎなつき二十四才、職業はハウスキーパー、家事代行サービスに登録している。

 身なりを整えれば、そこそこ美人なのかもしれないが、化粧っけはなく、切るのが面倒でのばしっぱなしの髪の毛を無造作に一つに縛り、Tシャツにジーンズ、スニーカーが定番。

 女性としては怠惰、仕事の腕前はピカ一、そんな彼女が珍しく近所の居酒屋で一人酒を飲んでいた。

 やめればいいのに、かなり酒の入った状態で、今までの半生を思い返していた。


 生まれ落ちて一番最初に出会う男性……父親であるが、まずそいつがしょうもない男だった。母親のヒモみたいな奴で、甘えてねだって母親を働かせるだけ働かせ、自分は昼間っから違う女を家に連れ込んでいた。結局、八歳のときに新しい女に子供ができて出ていった。


 初恋はちょうどそんな時期で、六つ年上の隣りに住んでいたお兄ちゃん。あんな父親でも、いなくなれば寂しく、家の扉の前でしゃがんで待っていた。そんなとき、優しく話しかけてくれ、遊んでくれた。

 いつしか、お兄ちゃんは夏希の家にも上がり込むようになり、夏希の母親が仕事でいないのをいいことに、女友達を連れてくるようになったのだ。そんなとき、夏希は自分の家なのに家にいることができず、父親のときのように、玄関の前で遊んだ。

 それでも、お兄ちゃんは優しいし、たまにお菓子もくれるし、夏希は大好きだった。

 夏希の胸が膨らみ始めた頃、お兄ちゃんが夏希に興味を示しだした。


「夏希ちゃん、胸が膨らむ病気があるのは知ってる? 」

「なにそれ? 」

「胸の癌でね、胸のこの辺りにしこりができるんだ」


 成長の過程として、胸が膨らんできたと思っていた夏希は、お兄ちゃんが示した辺りの胸を自分で触ってみる。

 しこりが何かもわからないし、自分の胸にそんな物があるかなんて、もっとわからない。


「自分じゃわからないよ。お兄ちゃんが見てあげる」


 お兄ちゃんのすることに、ただただ嫌悪感しかなく、気持ち悪いのと汚ならしいので、鳥肌がたった。


 そんなとき、風邪気味で早引けしてきた母親が玄関のドアを開けた。


「あんた達、何してるの! 」


 お兄ちゃんは、夏希の母親の悲鳴のような声を聞いて、靴も履かずに家から飛び出していった。


「夏希! 」


 母親の鬼のような形相に、いけないことをされていたんだと理解する。

 それから、お兄ちゃんは出入り禁止になり、話すこともできなくなった。


 次に好きになったのは、中学のときのテニス部の先輩だ。先輩から告白され、初めて付き合うことになった。

 先輩は付き合い始めると、すぐにキスをしてきて、ベタベタと触ってきた。べちゃっとしたキスで、はっきり言って気持ち悪かった。それでも先輩は好きだったから我慢したものだ。


「今日、家に行っていいか? お母さんいないんだろ? 」


 明らかにやりたいです! オーラ全開で、先輩が夏希の肩を抱く。


「お母さん、今日は早番だから」


 嘘だ。母親は、よっぽどのことがない限り、九時過ぎないと帰ってこない。


 このくらいのときから、夏希は家のことを全てやっていて、料理、洗濯、掃除、主婦レベルの腕前になっていた。

 何回かそんなやりとりがあり、いつしか先輩は違う女の子と一緒に帰ることが増えた。


「なんかさ、夏希んちは母親が仕事でいないから、あんたと付き合えばすぐできると思ったらしいよ」


 おせっかいな友達が教えてくれた。


 それでも、たまに先輩と帰ると、やはりあのべちゃべちゃしたキスをしてきて、同じように家に来たいと言う。


「いいよ……」


 それで先輩が戻ってくるならって思ったのだ。

 先輩は、夏希の肩を抱くと、足早に夏希の家を目指した。

 家に入って鍵を閉めると、玄関先でねちっこいキスをしてきて、夏希の身体を触りまくった。

 また、あのゾワッとした感覚に襲われる。


「ちょっと待って……」


 夏希は拒絶の言葉をはいたが、無我夢中の先輩は聞こえているのかいないのか……。板の間に押し倒された背中が痛かった。

 その途端、初恋のお兄ちゃんとのことがフラッシュバックする。


 愛情のかけらもないただ欲情に濁った瞳、夏希のことなど微塵も考えない乱暴な手の動き……。


「声だしていいんだぞ」


 その手が内腿をなぞった時、夏希の中で嫌悪感が弾けた。


「止めて!! 気持ち悪い! 」


 夏希は先輩を押しのけ、流しに走っていってもどした。


「な……なんだよ、それ?! 」


 先輩は、興が削がれたように、夏希をただ見ていた。


 大丈夫もなければ、背中をさするでもない。それどころか、ムッとさえしているようだ。


「帰るわ……。お疲れ」


 先輩は、夏希を労ることなく、制服を整えて帰っていった。

 それから二度と、先輩は話しかけてもこなくなったのだ。


 それから、何回か恋愛もどきをした。ただ、夏希の見る目がないのか、出会うのはクズばかり。夏希の父親のようにお金目当てだったり、お兄ちゃんや先輩みたいに身体だけが目的だったり。

 そのせいか、付き合っても三ヶ月もつことはなくて、早くて一ヶ月未満もざらだった。


 仕事を始めてからは出会いも少なく、最近久しぶりにできた彼氏とも、さっき終了してきたばかりだ。


 原因は、夏希がやらせないから。


 できないものはしょうがない。

 頑張ろうとはするのだ。

 でも、どうしてもあの背中のゾワゾワが我慢できない。


「男なんかいらないぞーっ! 」


 夏希は、すでに酩酊一歩手前まで飲んでいた。

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