花束について

葉惟

花束

 

 初めて花束を貰った。名前の知らない花達を飾り立てる包装とリボンは名残惜しくも取り払らい、ペットボトルを裂いて作った花瓶に差した。本当は包装を剥したくはなかったけれど、鮮やかなリボンの中で次第に萎れていく赤や黄の花弁を見ていられなかった。

 「結局、枯れてしまったら捨てるしかないのにね」

 水を得て一晩経った花弁は、茶色い染みを残しながらも、ぐっと背を伸ばすように開き直している。

 なんて素直な生き物なんだろう。私が捨ててしまう未来を憂いていることなんて知らずに、花は懸命に水を吸って、受粉のために花弁をかざして隣人たちを探している。

 

 

 高校の卒業式から数日後。一人、また一人と、別々の進路に歩いていく季節。私は高校からの親友と近くの橋で待ち合わせをしていた。多分、高校生として会うのはこれが最後かもしれない。なんとなく、直観していた。卒業式を終えたのにまだ高校生なのか、なんて、自分には分からないけど。まだ入学式を考えるには現実味がなさ過ぎる。

 退屈しのぎに眺める川沿いの木々は枝先を薄く赤らめて、まだ冬色の空に向かって懸命に手を伸ばしている。

 

 「これ、あげるよ」

 時間に少し遅れてきた彼女は挨拶をかわすや否や、差し入れを渡すような軽いノリで中身の詰まったビニール袋を差し出した。だから私も、特に何も考えず受け取って、中身を開いてから驚いた。

 「え? なに、どういうこと」

 赤色や白色の鮮やかな花弁が白い包み紙の間から覗いている。卒業式はもう終えたし、花を貰うような心当たりが全くなかった。彼女も彼女で、花束を渡したとは思えない気軽さで、実感と理解が追いつけない。

 「うーん、どういうこともないんだけど。なんとなくかな?」

 「なんとなくって……」

 両手で持てるのは、なんとなくのサイズなんだろうか。思考を一先ず諦めた私は、「ありがとう」と言って現実を受理するしかなかった。

 「じゃあ行こっか」

 もうこの件はおしまい、と言うかのように彼女は軽やかに人ごみの中へ私を攫っていく。私はただ前を行く背中を追って、胸に抱えた花束の温かさを感じることしか出来なかった。

 

 

 花束をもらって動揺したんだって、一夜気持ちを寝かしてから知った。

 卒業式でも後輩達から合同の花束を貰ったりしたけど、自分だけの物じゃない。伝統とか雰囲気とか、様々な要素が重なって送られる花束だ。今は母親に開封され、リビングで華やかに生けられている。

 彼女がくれた花束はそれらとは明らかに意味が異なるものだ。

 理由なんてなくても、彼女が私のためだけにくれたもの。

 ただそれだけで、両手に収まる花束が息づいて見えてしまうなんて。

 「どうせなら、ただの物が良かったよ」

 だって、枯れてゆくのが堪らなくつらいから。いつかは捨てなければいけないことが分かっているから。

 幸福を与えるだけ与えて消えていくなんて、本当に、

 「ずるいよ」

 花束を貰うのがこんなに嬉しいなんて、知らなかったんだ。



   

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花束について 葉惟 @hayu_bloom

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