第86話 11階層

 敬太がアメダラーとの激闘を終えて、改札部屋へと戻ってくるとモーブ達が部屋に居て、丁度お昼ご飯に置いていっていたサンドイッチを食べ終えた所だった。


「ただいま~、疲れちゃったよ。」

「おかえりー。」

「かえり~。」

「うむ。戻ったか。」


 敬太はみんなの挨拶に適当に返事し、装備品を身に着けたまま「亜空間庫」にしまい、タオルで汗を拭く。

 チカチカと物が入っている合図が出ている物置が目に入ったので、「尊師の聖水」を取り出し「亜空間庫」に入れておく。もっと効果がある薬だったら嬉しいのだが・・・。

 

「なんじゃ、大変そうじゃな。」

「ええ、ちょっと油断してしまってギリギリでしたよ。」

「うむ。手伝いが必要か?」

「う~ん、これから新しい階層に行くつもりなんですが、そこで無理そうだったらお願いするかもしれません。」

「うむ。そうか。」


 なんだろう?敬太が物置の前でハァと息を吐いていたら、珍しくモーブの方から敬太に声を掛けて来た。

 普段は無口で、あまり敬太がやる事に干渉しない様にしている雰囲気があって、何をして来たのかと聞いてきた事など殆ど記憶に無い。


「もしかして、ウサギの子の調子悪いんですか?」

「うむ。そうじゃな、あまり良くないな。ケイタが用意してくれた塗り薬を使ってはいるんじゃが、どうもあまり芳しくない様じゃ。」

「そうですか・・・。」


 そんな気がした。


 モーブは既に50を過ぎ、戦闘奴隷をやらされていた影響もあってか、自ら戦闘行為を買って出る様な事は、身内に危険が迫ったりしないとやらないだろう。その代わり、一旦スイッチが入ると容赦無い殺人マシーンと化すのだが・・・。


 そんなモーブが急に「手伝おう」なんて言ってきたもんだから、何かあったと思ったのだが、どうやら「なるはや」でハイポーションを手にれないとまずい状況らしい。

 

「何かあったら、直ぐに教えて下さい。私もなるべく早く先に進んでみますので。」

「うむ。そうしてやってくれ・・・手足が欠けるのは不便じゃからな・・・。」


 そう言って、モーブは自分の無くなっている右肘の辺りを撫でていた。

 なるほどね、そんな思いもあったのか・・・。手足を失ってしまった本人にしか分からない事が沢山あるんだろう。


「ね~ね~。テンシンさ~、リンと本読んでていい?」

「うむ?よいぞ。しっかり看てるんじゃぞ。」

「は~い。」

「ん?テンシン、リンってウサギの子の名前かな?」

「そうだよ~。」

「そうか、ケイタには伝えてなかったか。つい先日の事なんじゃが、いつもの様にテンシンが寝室で絵本を読んでいると、兎族の子が傍でずっと看ててくれるからって教えてくれたみたいなのじゃ。」

「そうだったんですね。偉いねテンシン。」

「えへへ~。」


 ウサギの子の名前は「リン」か。

 いつの間にやら、しっかりと関係を作りつつあったのだな。

 ウサギの子を助けるなら、ちゃんと助けてあげたい思いは敬太にだってあるし、これは少し頑張らないといけないな。



 話が終わると、モーブとクルルンは外に行ってくると言って部屋を出て行ってしまい、テンシンは寝室に入って行ってしまったので、敬太は一人寂しく、ちょっと遅めの昼食を済ませた。




 それから、1時間ぐらいの昼休憩を済ませ、敬太は再び10階層のボス部屋へとやって来ていた。

 ボス部屋は、先程の激戦が嘘の様に静まり返っている。


 ボスのアメダラーを倒したので、11階層への扉が開く様になっているはずなので、先に進むとしよう。


 グッと両開きの扉を押して開くと、直ぐに下りの階段が現れた。

 この階段も埋めてスロープにすれば車が通れるぐらいの幅があるだろう。

 真っ暗な階段を、暗視スキル「梟の目」を使い、キョロキョロと周りを見ながら下りて行く。


「グォーー。」


 階段の踊り場まで下りてくると、何か動物の鳴き声の様な物が聞こえて来た。

 直ぐに敬太は警戒の体勢を取り、スキルの「探索」を使うと、頭の中の地図に赤い光点が数え切れない程広がった。


「なっ・・・。」


 今までに見た事が無い程の数で固まっているモンスター達。

 この階層全体がモンスターハウスの様になっている。


 これは困った。今日の分のマジックポーション、5本の内4本はアメダラーと戦った時に既に飲んでしまっている。

 残り1本分だと、何かあった時に心許ない。


 階段の踊り場で、先の様子を見てみようか、潔く撤退して出直そうか迷っていると、頭の中にある地図の赤い光点のうち3つの光点が急激に敬太の方に移動して来ているのに気が付いた。


「「「グォーー!」」」


 一瞬、逃げ出そうかと思ったが、先程、改札部屋で時間が無いと言う話を聞いたのを思い出し、3匹だけならならと、思いとどまった。

 ゴーさん達に守ってもらえばなんとかなるだろう。やばそうなら階段を駆け上がって逃げればいいんだ。


 急いで「亜空間庫」からアイアンゴーレムを20体取り出し、指示を出す。


「5体ずつで合体して!モンスターが来るから迎え撃つよ!」


 アメダラーと戦った時は10体合体だったのだが、あれだと今いる場所では大きすぎると判断した。


 敬太の指示に、アイアンゴーレム達はすぐにドロリと溶けだし、3mぐらいの大きさのゴーレムに変形していった。



 敬太達の準備が整うと、タイミング良くモンスターが階段を上ってきて踊り場の傍までやって来たのが見えた。なんだか見た事がある動物なのだが・・・。


「ゴーレム達で押さえて!鑑定!」



『鑑定』

カンガルー

そのまんまのカンガルー

観光客相手に愛想を振りまいているイメージがあるが、毛皮の下は筋肉の塊

時速70kmで飛び跳ね、1日に100kmも移動するぐらい健脚

発情期の争いの時は、尻尾で体を支えた両足での前蹴りで、殴り合いをする

その威力は人間ならば内臓破裂しかねない程の破壊力を持っている



 うへぇ・・・案外凶暴なんだねカンガルー。


 打撃能力が高そうなので、ゴーさん達に鎧になってもらう事にした。


「ゴーさん、セット!」


 ゴーさんとアイアンゴーレムを5体。「亜空間庫」から取り出した途端、敬太の足元でドロリと溶け、敬太の体を包むように形を変えていく。


 その姿はプレートアーマーに身を包んだ戦士。頭から首辺りまではミスリルゴーレムのゴーさんが担当し、残った体の部分はアイアンゴーレムで変形した為、顔周りだけが青みがかった色が付いていて、きっとちぐはぐな感じに見えるだろう。


 カンガルーの方を見ると、狭い階段と言う場所も良かったのか、5体合体したアイアンゴーレム達が上手い事抑え込んでカンガルーの突進を阻んでいる。


 それを見た敬太は「亜空間庫」からミスリルソードを取り出して、戦いに加わって行く。


「行くぞ!それっ!」


 カンガルーを抑え込んでいるゴーレム達の隙間を狙い、上段から切りつける。すると、カンガルーの皮が裂け、出血が見られたが、怯む様な様子は無い。


 続けざまに2回、3回と通常攻撃で切りつけていったが、カンガルーが煙に変わる事は無かった。


 どうも素人剣術だと「切る」事が出来ず、単に殴りつけている感じになっている気がする。現にカンガルーを見ると薄皮は切れているが、ブンブンと元気に切られている腕を振り回している。

 本当は刃物で切りつける為の体の使い方を覚えたいのだが、何処で教わればいいのか、今の平和な現実世界にガチ系の剣術教室などあるのだろうか?

 この辺も今後の課題となるだろう。


 ダメージが小さそうなミスリルソードは早々に見切りをつけて、今度はサミー達から奪ったミスリルの槍を取り出した。これならば「突く」だけでいいので、素人にも扱えるだろう。


「そいっ!」


 ゴーレム達の隙間からカンガルーに向けて槍を突き入れた。


「グォーーー!」


 手応えあり!


 狙った場所からは逸れてしまったが、カンガルーの肩に深々と穂先が突き刺さっている。まるで土の地面に突き刺したように重い手応えだったが、刺されたカンガルーが鳴いている所を見ても確実にダメージが入っているだろう。


「ふぅ~~~通牙!」


 カンガルーの体から槍を引き抜き、勢いそのまま、今度はスキルを使って攻撃をする。刺突系最初のスキルで小手調べだ。


 すると、パツンと弾ける様な音がし、先程とは違う手応えが返って来た。

 槍の行方を見ると、カンガルーの袋のちょっと上、鳩尾辺りに深々と槍が突き刺さっており、刺されたカンガルーは放心した様に動きが止まっている。


 ヌルリと槍を引き抜くと、大きな傷口から紫黒の煙が噴き出して来た。


 どうやら、アメダラーとの戦いの後だったからか、必要以上に警戒してしまっていた様だ。「通牙」一発で倒せるぐらいなら、そこまで強くないだろう。


 敬太は残る2匹のカンガルーにもスキルを放ち、あっけなく倒していった。

 ゴーレムの守りと、敬太の攻撃。噛み合えばここまで一方的に戦う事が出来るのだ。

 


 スキルの「探索」を使って、もう一度辺りを伺うが、やっぱりすごい数のカンガルーが部屋や通路に徘徊している感じだ。

 1匹1匹がそこまで強くなくても、この数は頂けない。

 何か対策を考えなくてはならないだろう。


 1階層にいた大量のニードルビーを倒した時の様に、燃える物を投げ込んで焼く尽くすか、3階層に居たブレイドラビットの時の様に、少量をおびき寄せ地道に少量ずつ叩いて行くか。


 とりあえず、考えを纏めたいので一旦11階層からは出る事にした。






 しばらくボス部屋に上がって考えていたのだが、特に、今すぐカンガルーの群れを倒せる様な妙案が浮かんでこなかったので、随分早い時間だが改札部屋へと戻ってくると、これまた珍しく、ダンジョン端末機ヨシオが敬太に話しかけて来た。


「ケイタ、レベルが上がってるだシンよ。ATMで見てみるだシン。」


 なるほど、レベルアップのお知らせだったか。

 ここの所、余計な事が多かったので、かなり久しぶりのレベルアップは素直に嬉しい。


 早速、ヨシオに言われた通り改札部屋の隅にあるATMの様な箱の前まで進んで行った。ちなみにこのATMと呼んでいる謎の箱は、卵が出てきたり、10cmぐらいある1千万円の札束がガバッと出てきたりと、普通のコンビニにある様な一般的なATMとは全然違う、謎に包まれた箱なのだ。



『レベルアップおめでとうございます。』


 ATMの前まで来ると、画面には懐かしい言葉が映し出されていた。


『レベルアップボーナス』


駐車場➡ガレージ➡オートリペアショップ

洗濯機置き場➡洗面所➡サウナ

キッチン➡パントリー

部屋拡張 0/2



 久々過ぎて、画面に出ている物の意味が分からず一瞬固まってしまったが、これはあれだな、改札部屋の改造系ボーナスだ。


 初めてこの改札部屋に来た時は、改札とATMしか無くて、そこからリクライニングチェアだのロッカーだの、物置、テーブル、トイレ、お風呂と、今快適に過ごせている数々の設備はこうやって増やしていった物なのだ。


 それで、今回はオートリペアショップ、サウナ、パントリーと来て最後に部屋拡張となっていて、その中の1個だけを選ぶことが出来る。要は4択だな。


 モーブ達が改札部屋で寝起きするようになってから、少々手狭に感じていたので部屋拡張は魅力的だが、文字の後にある0/2ってのが気になる。


 う~んどれにしようかな~。


 何気に、久々のボーナスを楽しんでいる敬太であった。

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