第63話 朝ご飯

 翌朝、クルルンとテンシンの話し声で目が覚めた。


「お腹空いたなー。朝ご飯は何だろうな。」

「何だろうね~。」


 別に虐待している訳ではない。ちゃんとご飯は3食与えているが、胃が小さい子供達はすぐにお腹が空いてしまうのだろう。

 月々お小遣いも与えているのだが、それでお菓子を買うなんて事は無く、自分たちの趣味に突っ走っているのだよ。

 しょうがないから今度お菓子を買って何処かに置く様にしようかね。


 昨日からモーブ達と改札部屋で寝起きをする様になったのだが、おかげでこういうどうでもいい会話で起こされる事となった。


「おはよう。」

「おっちゃん起きたのか。おはようー。」

「おはよ~。」


 敬太はベッドから体を起こしクルルンとテンシンと朝の挨拶を交わしたが、同じ部屋に寝ているはずのモーブが見当たらなかった。


「あれ?モーブは?」

「ウサギの姉ちゃんの所に行ったよ。」

「行ったよ~。」


 どうやら、寝室に居る怪我している女の奴隷を見てくれているらしい。

 敬太が勝手に拾ってきてしまったのだが、女の奴隷は人間嫌いらしく、敬太が顔を見せると暴れてしまうので、世話をモーブ達にお願いしているのだった。


「そうか。クルルン、テンシン顔洗ったか?」

「洗ったよー。」

「洗った~。」


 子供達は既に身支度を済ませ、朝ご飯を待っている状態だったようだ。

 ならば、敬太も洗面所に行って顔を洗おうかと思ったが、敬太が起き出した事に気が付いたゴルがベッドに上がってきて「頭を撫でろ」と頭を擦り付けてくるので、しばらくの間ゴルの体を撫でまわしてやった。



「うむ。起きたか。」


 敬太が洗面所の鏡の前に立ち電気シェーバーで髭を剃っていると、モーブが寝室から出て来たようだ。


「あっ、おはようモーブ。大丈夫でしたか?」

「うむ。おはよう。今、目を覚ましておる、大丈夫じゃ。」

「そうですか・・・。」

「うむ。ちと、顔周りをやられているからのう。まぁ、柔らかい物なら食べられるじゃろう。」

「えっ、朝ご飯食べられそうなんですか?」

「うむ。食べれば傷も治るじゃろう。」


 女の奴隷はハイポーションを使わないと助からないと思う程の大怪我なのだが、モーブから見ればご飯を食べれば治る程度に見えるらしい。もしかしたら獣人と言う種族は体が頑丈なのだろうか?


 女の奴隷に用意する朝ご飯は、敬太的には無難にお粥とかゼリーとかで良いかと思ったが、モーブに何が良いか聞いてみた所「柔らかい肉」が良いらしいのでハンバーグをデリバリーで頼んだ。そうしたら、その匂いに反応した子供達が食べたいと騒ぎだしてしまった。


 敬太はこの1年間体を動かし、10kmを1時間切る速度で走れるようになり、腕立て伏せも30回3セット、腹筋50回2セット出来るようになり、38歳にしてはかなり若々しい部類になったつもりなのだが、朝からハンバーグはキツイ。

 子供達のリクエストに応えてハンバーグは頼むが、敬太はおにぎりとお新香と味噌汁で済ませた。ちなみにモーブもハンバーグを食べていた。

 モーブさん、あなた52歳なんですよね?・・・。



 朝ご飯を食べ終えたので、食後のお茶を出そうと思ったら、モーブがハンバーグを持って寝室に入って行ってしまったので、淹れたお茶は子供達に運んで行ってもらった。


 ひとり改札部屋に残った敬太は、お茶を飲みながらATMに触る。

 昨日ごたごたとしていたので魔法を取得していなかったのだ。



残高  44,855,120円



 10億円の空間魔法「亜空間庫」を買ってから、あまり日が経ってないのでススイカの残高は4千万円ちょっとだった。

 一時、10億円超えの残高があったのでとても少なく感じてしまうが、一般的にはなかなかの大金になるだろう。


 残高の確認をしたので、次は魔法の項目をタップする。



火玉   ¥10,000,000-

水玉   ¥10,000,000-

風玉   ¥10,000,000-

土弄   ¥100,000,000-


光玉   ¥100,000,000-

闇玉   ¥100,000,000-


スロウ  ¥500,000,000-

空間壁  ¥5,000,000,000-



 相変わらずえげつない値段だ。「土玉」の次に出ている「土弄つちなぶり」が1億円。

 「亜空間庫」の次に出た「空間壁くうかんへき」が50億円。


 なんちゅう世界だ。残高の4千万円が可愛く見えてしまう。

 とりあえず「火玉」を買って、火系の次の項目を見せてもらおうかな。


「ピン」

『カードを置いて下さい。』


 ススイカを指定の場所に置くと、待機画面に切り替わりパワーゲージが現れる。それから例の大きなパンケーキに体が挟まれる様な感覚が襲ってきた。だが、もうすっかりこの感覚には慣れているので何とも思わなくなっている。

 しばらくするとゲージが溜まり、フッとパンケーキの感覚が無くなった。


『登録が完了しました。カードのお取り忘れにご注意ください。』


 ATMから指示が出たので言われた通りススイカを手に取ると、火魔法「火玉」を理解した事が理解出来た。

 どうやら「火玉」とはソフトボールぐらいの大きさの火の玉を飛ばす魔法らしい。何の捻りも無い、字のまんまでした。


 待機画面に戻っているATMのパネルを操作して、もう一度魔法の所を見てみる。



火槍   ¥100,000,000-

火柱   ¥100,000,000-

水玉   ¥10,000,000-

風玉   ¥10,000,000-

土弄   ¥100,000,000-


光玉   ¥100,000,000-

闇玉   ¥100,000,000-


スロウ  ¥500,000,000-

空間壁  ¥5,000,000,000-



 あった「火槍」。ヨシオ曰く、これがあれば10階層を守っているアメダラーが倒せるらしいが、1億円もするようだ。

 今の残高は「火玉」を買ったので3千万円ちょっと。「火槍」を買うのはもう少し先になりそうだ。



 一通りATMをいじり終わったのでテーブルに戻り、新しいお茶を淹れているとモーブ達が寝室から出て来た。


「ありがとうモーブ。奴隷の子は食べましたか?」

「うむ。美味そうに食べておったぞ。」


 病み上がりでいきなりハンバーグ食べるんだ。獣人って凄いね・・・。


「そうですか・・・良かったです。モーブもお茶飲みます?」

「うむ。頂こう。」

「クルルンとテンシンは?」

「オレりんごのやつがいい。」

「テンシンも~。」


 全員飲むとの事で、それぞれに配るとテーブルの席に着いたので、丁度いいと思い少し真面目な話をした。


「モーブ、それからクルルンとテンシンも聞いて。近いうちにまた追っ手が来ると思う。だからしばらくはダンジョンの門から離れないようにしていて欲しい。それで、もし何かあったらゴーレムが教えてくれると思うから、そしたら急いでこの部屋まで戻ってきて。」

「うむ。まぁ大丈夫じゃろうが、備えておくのは悪くないな。」

「はーい。」

「は~い。」


 ダンジョンの入口を中心に囲むように連なっている20m以上ある崖。そこに監視の為に置いているゴーレムがいるので、もし追っ手が来てもゴーさんの「通信」を使ってすぐに教えてもらえれば、改札部屋に逃げ込む時間は稼げるだろう。

 子供達をあまり脅し過ぎても良くないし、閉じ籠ってろとも言えない。

 モーブ任せな所が大きいけれど、追っ手が来るかもしれないと頭の片隅に置いていれば大丈夫だろう。

 

「うむ。そう気を詰めるな、ワシらは大丈夫じゃ。」

「いや、慣れないもので・・・。」


 どうやら態度に出ていたようで、逆にモーブから励まされてしまった。


「うむ。テンシン、ウサギの子を見ててくれんか?」

「は~い。絵本読んでていい?」

「うむ。構わんよ。ケイタ、この部屋の中は安全なんじゃろ?」

「はい。」

「うむ。それじゃクルルンは部屋の前で弓の練習でもしとれ。」

「はーい。」

「助かります。」

「なーに、いつもわしらの方が助けてもらってるんじゃ、ケイタが気にする事じゃないわい。」


 流石、子供達と付き合い長いモーブだ。子供達にやりたい事をやらせながらダンジョンの外に出ないように誘導してくれた。


 クルルンは弓が好きで、お小遣いを貯めて子供用の1mぐらいのロングボウを買って、いつもそれで遊んでいる。

 テンシンは日本語が読めないのに絵本が好きで、お小遣いの全てをつぎ込んで気に入った絵の物を買っている。

 もちろん敬太が子供達の物をネットショップで買ってあげているので、2人がそれらを好きな事は知ってはいたが、こういうやり方は頭に浮かんでこなかった。

 人間関係が希薄な場所にずっと籠っていた弊害だな。


「それじゃあモーブにはこれを渡しておきます。」


 子供達の安全策が取れたので、今度はモーブだなと思い、敬太が殺してしまった冒険者たちが持っていたミスリルソードを「亜空間庫」から取り出して見せた。


「うむ。ケイタ、わしは剣なぞ振れんぞ。」


 アイアンゴーレムを切り裂いて見せたミスリルソードなら、持っているだけでチカラになるだろうと思ったのだが、モーブはちらりと見ただけで断って来た。

 確かにモーブの片腕だと扱いにくそうに見えるが、このミスリルソードはかなり軽いので大丈夫だと思ったのだが、そう言う問題ではなさそうだ。


「それじゃったら、こっちの方がまだ戦えるわい。」


 モーブは腰に下げている鉈を持ち上げ敬太に見せて来た。

 1年前に追っ手から剥ぎ取った槍が壊れてから、モーブの武器としてネットショップで買った何処にでもある普通の鉈。他にも武器として使えそうな鉄パイプやサバイバルナイフとかもあったのだが、何故かモーブはこの鉈を好んで使っている。

 まぁ本人がそう言うなら、押し付けがましくなってしまうのも嫌なので、ここは敬太が折れようと思う。


「そうですか、分かりました。でも、何か必要になったら言って下さいね。」

「うむ。その時はお願いする。」


 

 この後モーブは外に出て開墾した畑をいじって来ると言って部屋を後にした。

 クルルンは子供用のロングボウを持って、部屋の扉の前で練習するらしい。

 テンシンもモーブに言われた通り、何冊か絵本を抱えて寝室に入って行った。


 さて、残った敬太は何をするかと言うと、先日ヨシオに教えてもらったゴルとコンビを組む方法を試そうかと思う。ゴルがレベルを上げるのに手っ取り早い方法らしいのだけど。


「ゴル、ちょっと来て。」

「ニャー。」


 敬太が呼ぶと、お気に入りのダンボール箱の中でくつろいでいたが、ぴょこんと飛んで側まで走って来てくれた。


「ゴル『コンビ』って分かる?」

「ニャー。」


 ゴルを抱え上げ、目を合わせて尋ねてみたが、いつも通りのお返事で言葉が通じているのか、いないのか判断が出来ない。


 ヨシオの話だと、ゴルの方が敬太を主と認めると契約獣の本能でコンビを組んでくれるらしいのだが、果たして敬太を認めていてくれるのだろうか?

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