第61話 ヨシオ

 翌朝、目が覚めると改札部屋が何となく騒がしかった。


 昨日は、皆で夜ご飯を食べた後さっさと寝室に入り寝てしまったので、夜の間に何かあったのだろうか?も、もしかして奴隷の女の子の身に何かあったのか?


 嫌な予感がしだので、慌ててベッドから飛び起き寝室のドアを開け放った。

 

「パンは出て来ないの?」

「パンは出ないシンよ。ここは現金に特化しているシン。」


 しかし、そこには慌てているような雰囲気は無く、まったりとトイレットペーパーぐらいの筒と話をしている子供達の姿があっただけだった。


「だからそのお金でパンを買えばいいシン。クルルンでもニードルビーぐらいなら・・・。」

「うん。あれ?ヨシオどうしたの?」

「あ~おはよ~。」

「あ、ケイタのおっちゃんおはようー。これ何かしゃべるよー。」


 狸族の妹テンシンが起きて来た敬太に気が付き朝の挨拶をすると、筒と話していた犬族の兄クルルンも振り返り挨拶と報告をしてくれた。

 敬太の聞き間違えでなければ、今「ダンジョン端末機ヨシオ」と話をしていたよな気がするけど?昨日、ATMから出て来た時に試した時には何も起こらなかったはずなのだが、男が高い声を出しているような変な声が聞こえた。


「うん。二人ともおはよう。それと話してたの?」

「そうだよー。色々教えてくれるんだー。」

「そうだよ~。」


 クルルンがそう言いながら「ヨシオ」を手渡してくれたので、敬太も何か聞こうと話しかけてみた。


「もしも~し。聞こえますか~?」

「・・・。」

「おはよう、おはよう。応答せよ。」

「・・・。」


 しかし、敬太の手にある筒からは何の返事も無かった。


「おかしいな~?おっちゃん、ちょっと貸して。おーいヨシオー。」

「聞こえるシンよ。」

「なんだ壊れたかと思ったじゃん。」

「大丈夫だシン、壊れてないだシン。」


 どうやら問題はないようで「ヨシオ」が高い声でしゃべりだした。


「ほら、おっちゃん、しゃべってみて。」

「お、おう。ありがとう。ヨシオ聞こえるか?」

「・・・。」

「なんかしゃべってみてくれ。」

「・・・。」

「あれー?ヨシオー。」

「クルルン、なんだシン。」


 こ、コイツわざとやってないか?

 

「おい、ヨシオ応答しろ!」

「・・・チッ。」


 あ・・・舌打ちしやがった。

 流石にこの態度にはイラッときてしまい、手にしているトイレットペーパーぐらい

の大きさの筒を、バーテンダーがシェイカーを振る様にチカラ一杯振ってやった。


「この野郎~!」

「・・・止めるだシン。何かが出ちゃうだシンよ~。」


 ガチャガチャと振ったのが余程堪えたのか、ようやくヨシオがしゃべりだした。


「ハァハァ・・・参ったか?」

「うるさいだシン。1年以上放っておく様な奴の事なんか知らないだシン。何回もヨっちゃんを呼び出せるタイミングはあったはずだシン。それなのにケイタはお風呂とかキッチンとかを先に作ってヨっちゃんを無視したシン。だからヨっちゃんも無視するシン。」


 なんか急に饒舌になって色んな事を話している。

 どうやらレベルアップボーナスで選択肢に出ているのに、長年選ばれなかったのが気にいらなかったようだ。面倒臭い奴だな・・・。


「わ、悪かった・・・。」

「もう~そうだシンよ。でも謝ったから許すシン。」


 ちょろ。

 名前が「ダンジョン端末機ヨシオ」で、ATMから出てきているし、何か知っていれば有用だと思い、上っ面だけでも謝っておこうと、謝辞を口にしたらあっけなく許してくれた。

 なんだか情緒不安定な奴に思えてしまうが、まぁ余計な事は口にするまい。


「それでお前は何を知っていて、何をしゃべってくれるんだ?」

「も~ケイタ。『お前』じゃないだシン。ヨっちゃんだシン。」


 この野郎・・・調子に乗りやがって。


「よ、よ、ヨっちゃん・・・どうなんだ?」

「うんうんだシン。ヨっちゃんはダンジョンの事なら大抵知ってるシン。それにケイタが1年もダンジョンに潜っているのに、未だにクソ弱い事も知ってるだシン。」

「・・・弱いだと?」

「そうだシン。ケイタは10階層のアメダラーも倒せない初心者のままだシン。」


 ダンジョンの入口から入って行き、ニードルビーと蜂の巣部屋がある階層を1階層と呼ぶならば、ダンゴムシのピルバクがいるのが2階層、ブレイドラビットの絨毯部屋があるのが3階層、大きなバッタのロウカストが4階層となる。

 そこから1年の間にゆっくりと探索を続けて、階段を下って行き、電線を伸ばし蛍光灯を付けて、リポップ部屋があれば中に溜まっているモンスターをタイヤ作戦とかで殲滅して罠部屋を作って行った。

 

 5階層、6階層・・・そして10階層まで下りると、そこには今ヨシオが口にしたアメダラーがいる。


 アメダラーは大きなアルマジロで、10階層から先に進む道をその大きな体を使い塞いでいる。

 アルマジロと言えば銃弾を跳ね返す程の硬度の鱗甲板で体が覆われているのが有名だろう。ピストルで撃ったが跳弾で怪我をしたって話は、あるある話みたいになっているぐらいだ。


 もちろん、モーブと協力しながら何度かアタックしていたのだが、あまりの硬さに追っ手から奪い取った槍は折れ、剣は砕け、スキルも通じず、「物凄い勢いで落下する敷鉄板」もダメで攻撃する術が無くなり手が付けられない状態になっていたのは確かだった。

 おかげでダンジョンの探索が、しばらく前から先に進んでいない。これを「初心者」と言うなら、敬太は口を噤むしかないだろう。


「・・・。」

「魔法はどうしたんだシン。アメダラーぐらい『火槍』でも覚えれば倒せるだシン。それなのにいきなり『亜空間庫』なんて覚えて、商人にでもなるつもりなのシンか?」

「いや、そんな気は・・・。」

「なら、どうしてヨっちゃんがあげた『ゴルベ』も育ててないんだシンか?信じられないだシンよ。」


 なんだか大事な事をポンポンとしゃべりだして来たので、敬太の頭が追い付かない。


 あれだけ硬い、武器を破壊する様なモンスターでも魔法なら倒せるのか?一度喰らった事があるが「火槍」程度で通じるのか?

 ダンジョン探索に行き詰まっていた敬太にとっては朗報だった。これは早々に実験しておきたい。


 次にヨシオが口にした、ゴルを育ててない事。

 卵から孵り、赤ちゃんから育てていたので、ペットの猫の様にただ可愛がる事しかしてきていなかった。育てていると言えば育てているのだが、今回の意味は違うだろう。きっとレベルを上げてないって事だと思う。

 ゴルは敬太の契約獣だと「鑑定」で見るとなっている。普通のペットとは違う何かなのは知っていた。だが戦闘に参加させ、戦わせるのは可哀想だと思い遠ざけていた。


「ゴル・・・『ゴルベ』のレベルを上げろって事なのか?」

「そうだシンよ。契約獣だシンよ。一緒に戦い一緒に強くなっていくものだシン。」

「そうだったのか・・・。」

「も~まったく何も知らないだシンね。だからヨっちゃんを最初に選べば良かっただシン。そうすれば未だに初心者の様に稼ぎも少なく、弱いままじゃなかったはずだシン。」


 確かに「知識」はチカラだ。

 正しいやり方を知っての努力と、ずれている努力とでは、後に現れる成果が雲泥の差になるだろう。

 少しうざったい奴だが「レベルアップボーナス」の獲得順番を間違えていたと言わざるを得ない情報だった。


 敬太が落ち込み考えていると、暗い空気の改札部屋にタイミグ良くモーブが入って来た。


「おはようー。」

「おはよう~。」

「うむ。おはよう。」

「お、おはよう。」

「あれは、モーブだシンね。おはようだシン。」

「おっちゃんご飯ー。」

「ご飯~。」


 それに伴い子供達が「ご飯ー」っと騒ぎ出したので、皆で朝ご飯を食べてから、さっきの事は考えをまとめるとしよう。


「それじゃ食べたい物をヨっちゃんに言うでシンよ。」

「それじゃオレは、夜に食べたパンに肉が挟んであるやつがいい。」

「テンシンも~。」

「え~っと。分かっただシン。ハンバーガーセットだシンね。モーブとケイタはどうするだシンか?」

「うむ。わしも同じのでええ。」

「じゃあ俺もそれでいいや。」

「了解だシン。ハンバーガーセット4つだシン。ケイタはススイカでヨっちゃんにタッチするだシン。」


 どういう仕組みか分からないけど、音声認識でデリバリーを使ってくれるようだ。


「ピピッ」 ガタッ


 ススイカをヨシオの何処に反応させればいいのか分からないので、迷うようにカードを筒に近づけただけなのに、ススイカは反応しテーブルの上のデリバリーの白い箱が開いた。


「「「「いただきます。」」」」

「召し上がれだシン。」

 

 普通にワクドナルドのハンバーガーセットが出て来たので、いつも通りの朝食が始まった。

 ゴルは敬太の足元で美味しそうにカリカリを食べている。


「鑑定。」


 先程のレベルの話が気になったので、ゴルに「鑑定」をかけてみた。

 敬太の記憶が確かならば、ゴルにレベルの表記は無かったはずなのだ。



『鑑定』

ゴル(ゴルベ)オス

レベル   1

HP  10/10

MP   1/1

スキル なし

森田敬太の契約獣



 あっ。前と違う結果が出て来た。

 レベルやHPなんかが見える様になっている。

 ヨシオの話を聞いたからなのか、ゴルが育って体が大きくなったからなのか、原因は色々と考えられる。



『鑑定』

森田 敬太  38歳

レベル  26

HP  62/62

MP  52/52

スキル 鑑定LV2 強打LV4 剛打LV3 通牙LV3 転牙LV2 

    連刃LV2 タールベルクLV1 石心LV2 鉄心LV1

    瞬歩LV3 剛力LV3 金剛力LV1

    見切りLV3 梟の目⋯

魔法  クイックLV1 土玉LV4 亜空間庫LV2

契約獣 ゴル



 だが、自分を「鑑定」して見ると原因が分かった。

 スキル「鑑定」のレベルが2に上がっているのだ。

 しばらく確認してなかったので、いつ上がったのか分からないけれど、これによって「鑑定」で見える物が増えたのだろうと考えられる。


 朝ご飯のフライドポテトをモグモグ食べながら、自分のステータスを眺めた。

 HP、MPがしっかりと増え、ATMでお金を払って取ったスキルが全部表記されている。

 100万円と300万円のスキルは全部取ってあって、種類だけはそこそこある様に見える。レベルも上がっているようだし、悪くない感じだと思う。


 魔法は「亜空間庫」が増えただけで、変わっていない。そもそも値段も高いので敬遠していた。

 それが今陥っている、探索の行き詰まりの原因だったとは思いもよらなかった。

 一撃必殺のギャンブル思考なので、ちまちまと火水風土の安い方の魔法を取る気にはなれず、どうせ取るならと一番高い人生を変えるような空間魔法を選んで突き進んでしまっていたせいだろう。憧れがあったのは否定しない。「亜空間庫」で楽になったのも間違いない。

 だが、それだけでは上手くいかない事もあるようだ。


 もう少しヨシオに話を聞いて、考えなくてはいけないと思った。

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